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2014.09.12|TALK-ABOUT [ブログ]

フィリピン訪問─NGOの貧困支援や海運会社の船員養成所を視察

今日はフィリピンについてお話ししたいと思います。

フィリピンは長く経済停滞に悩まされました。戦争直後は韓国と同じぐらいの経済的な状態にあった、つまり、フィリピンの将来は非常に期待されたわけですが、その後独裁政治などもあって、長い停滞を経験してきました。

近年それが成長の波に乗り、日本から見るとASEANの中で最も近い国だし、英語が話せるし、非常にポテンシャルがあるのではないかということで、改めて注目されています。

もちろん、南シナ海をめぐる問題で非常に厳しい状況にあるので、日本やアメリカに対する期待感も強い、そういった国です。

第2次世界大戦では、フィリピンはまさしく激戦の地になりました。マニラの街も日米がぶつかり合う戦場となり、多くのフィリピンの人々が命を落としたとされていますが、そういう中にあっても、日本に対する信頼感、親近感は大変なものがあるということを改めて感じました。

このフィリピンでは2つのことを申し上げておきたいと思います。

1つはパタヤス地区の視察に行ったことです。ここはまさしくゴミの捨て場で、非常に大きなゴミの山があって、そこに捨てに来る。その捨てられたゴミの中で少しでも価値のあるものを拾って生活している人たちがたくさんいる、そういう地区です。かつてそのゴミの山が崩れたことによって、多くの人が住宅もろとも命を落とすという悲劇もありました。

ここで「ICAN」(アジア日本相互交流センター)という日本のNGOが活動しています。私が外務大臣の時に、このICANを表彰したという経緯があって、今回その現場を是非見たいということで希望して行きました。マニラから1時間ぐらいのところにあります。

本当に貧しいなというのが第一印象です。家庭訪問もさせていただきましたが、本当に狭い所に家族が5人で生活している。もちろん電気も来ていない。そういう中に子どもたちが3人いましたが、特に一番上の女の子は、もう学校に行かなければならない年齢ですが、学校には行っていない。そういう中で両親が一生懸命働いて、何とか生計を立てているという状況です。

ICANは、そういう中でゴミ拾いをしたりして生活している人たちの中に入って、教育とか衛生といった問題に取り組んできました。最初はNGO自身が色々なことをやりながら、次第に地元の人たちに協同組合を作らせて、彼らが自主的にいろんな問題に対応できるようにしてきたという歴史です。

私も訪れた現場には熊や、カエルもいただいたのですが、ぬいぐるみなどを作って、それを日本やいろいろな所で販売し、それを生活の糧にするということもなされています。

日本の経済援助も多少、金額は多くありませんが、その活動に対して支援をしています。日本の経済協力はどちらかというとインフラ整備に目が行きがちですが、こういった本当に底辺で生活している、まだまだ貧しい人々に対して、特に子どもたちに希望を与えるような、そういう無償支援・経済協力も非常に重要だということを改めて感じました。

もう1つは日本の企業の活動です。私が行ったのは「“K”LINE」、川崎汽船ですが、フィリピンでは日本の海運会社3つがそれぞれトレーニングセンターあるいは大学を作って、フィリピン人の船員の養成をしています。

実は日本の船に乗っている船員さんの7割がフィリピン人であるということはあまり知られていないのですが、日本人との相性も良く、フィリピンの各地区から非常に優秀な人材を選抜して、トレーニングして、日本船籍であったり、外国船籍であったりしますが、その船の船員として働いてもらって、中にはそこから機関長や船長になる人も出てくるということです。

日本の船の7割がフィリピンの人に乗られているということは実はあまり知られていないと思いますが、それが現実で、日本とフィリピンの関係の深さというものがこういうところにも表れていると思います。

学んでいる若いフィリピンの人たちは、非常に軍隊調で一生懸命トレーニングしていましたが、非常に頑張っているということを感じました。

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