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尖閣衝突事件10年―私の経験と思い

 2010年9月7日に尖閣諸島沖で海上保安庁巡視船と中国漁船が衝突した。当時私は外務大臣としてその対応に追われた。その後、枝野幹事長が参議院議員選挙の責任をとる形で辞任し、私が幹事長に、前原さんが外務大臣に就任した。内閣改造が行われたのは9月17日。従ってそれ以降は、私自身は幹事長として間接的に関与することになった。一部メディアによって当時のことが改めて取り上げられている。以下に私の記憶に基づき、当時の状況を説明することとしたい。

 私が衝突についての連絡を外務省事務方から受けたのは、現地時間で9月7日午前、ベルリンでだった。9時にパリ経由でベルリンに着き、10時半からCDUのカウダー院内総務との会談終了後、12時のヴェスターヴェレ外相とのランチまでの短い時間、保秘のため大使館に戻り、本省の事務方から電話で概略の説明を受けた。その上で、仙谷官房長官に電話し、極めて悪質な事案であり、法令に基づき公務執行妨害で逮捕するしかないと私の考えを伝えた記憶がある。その後官房長官を中心に検討がなされ、日本時間の8日未明に逮捕。私は日本に8日夕方に帰国したが、その日のうちに総理と短時間面会したと記録がある。
 漁船が海上保安庁の巡視船に意図的に衝突したという事案の悪質性から、船長を逮捕しないとの選択は法治国家である以上あり得なかったと今でも確信している。私と前原国交大臣が強硬論者で強く逮捕を主張したとの指摘もあるが、その背景にあるのが、小泉政権時の2004年に中国民間人が尖閣に不法に上陸した際に、逮捕せずに強制送還しており、同様のことはできたはずだという誤解である。この場合にも逮捕はなされている。しかし、その後強制退去させた。その背景に、適用される法令上の差があったことはあまり知られていない。2004年のケースは不法入国であり、入管難民法違反に問われたもの。同法65条に、検察庁への送致をせずに入国管理局に引き渡し、退去強制手続きをとることができることが定められている。この規定に基づき逮捕後起訴せず強制退去させたのが2004年のケースだった。公務執行妨害罪違反に問われた2010年事案では強制送還を行おうとしても、法令上の根拠はなかった。

 私は外務大臣として10日間、中国側との交渉にあたった。事案があまりにも悪質であることがビデオを見ても明らかであること、2004年のケースとは適用される法律が異なり起訴せずに強制送還することは法治国家である限りあり得ないこと、中国側が報復措置をとったり、国民のナショナリズムをあおることなどは日中関係に大きな悪影響を及ぼすことなどを強調した。中国の外交最高責任者である戴秉国(たいへいこく)国務委員は共産党対外連絡部長時代からの旧知の中で信頼関係はあり、話し合えば何とかなると思っていた。しかし、最高裁以下の司法が共産党の下にあり、民主主義国家的な意味での法治国家とは言えない中国の政府要人に、法治国家の概念を理解させることは相当難しいと感じていた。また今回の事案をきっかけに日本と同様中国でもナショナリズムが急速に高まっていた。
 その後、日中関係に及ぼす影響をどう考えるかという大局観に立った判断が求められ、あくまで起訴すべきかどうかが政府内で問題となり、仙谷官房長官を中心に検討がなされたと承知している。私は9月17日に外務大臣職を離れたため、政府内の議論の詳細は知る立場にない。しかし、裁判手続きに入れば長期化し、日中の緊張関係が長い期間にわたり、さらに高まることも懸念されていた。フジタ社員の拘束もあり更なる対抗措置も予想された。そういう中で、検察判断による船長の釈放ということになった。あからさまな公務執行妨害であり、ビデオも流出していただけに、政府の対応は弱腰、責任のがれとして仙谷官房長官を中心に批判が集中した。

 私が仙谷さんの立場だったらどうしただろうかと考えることがある。起訴し、司法手続きに入ることを避けるとした場合に、いま一つの選択肢は指揮権の発動(検察庁法14条但書)だ。仮に、刑事事件に対し法令を超えた政治判断を行うのであれば、法治国家として法律上認められた制度に基づくべきと当時思った記憶がある。しかし、指揮権発動は佐藤栄作幹事長の造船疑獄による逮捕の延長をするために行われたいわば手垢にまみれたもの。これを現実に発動することは政治的に相当ハードルが高く、また発令すれば国民世論を一層刺激することになった可能性が大きい。
 結局政府としては、中国の態度がこれ以上強硬になった場合にどのような事態がありうるかなどについて、検察幹部とコミュニケーションを取ることにとどめ、9月24日に検察首脳会議において検事総長以下の幹部が協議し、検察当局が総合的に判断した結果として船長は処分保留のまま釈放された(正式な不起訴処分は翌年1月21日)。いま考えてもこれ以外に方法はなかったのではないかと思う。法と証拠に基づき判断すべき検察が外交的・政治的判断を行ったとの批判がなされた。また、政府が責任をとらず検察に泥をかぶらせたとの批判もある。他方で正式に指揮権が発動されるよりはよいとの判断が検察側にあった可能性もある。

 他にどのような解決方法があったかと問われると現在の私にも答えはない。漁船ではなく公船が同様のことを行えば、日中関係が緊張したとしても、あくまで断固として対応すべきだが、今回のような偶発的な事件に対し、柔軟な措置をとったことはやむをえなかったと思う。手詰まり状況にあったのは、中国政府も同じで、今回の決着で力で押せば日本は妥協すると思った人もいるだろうが、日本政府が大局的な見地から問題解決したことにほっとした関係者も多かったのではないか。2016年に訪中し、第一線を退いた戴秉国氏を中南海に訪ねた。本件について当時の中国政府の中でどのような議論がなされたのか確認したいと思ったのだ。同氏は「岡田さん、なぜあのとき私に会いに来なかった」と冗談半分に言うだけで肝心なことは何も語らなかった。
 いま、より大国となり強硬な中国と向き合う中で尖閣周辺も緊張が高まっている。今後、同様の事件が起こる可能性は十分にある。公船が意図的に同様のことを行う場合もあり得る。事態のエスカレーションを抑えつつ、必要な対抗措置をとる必要が生じたときに備えて、政府の準備はできているのだろうか。



コメント
  1. にい より:

     釈放という結果が今の日本と中国の関係だと思いませんか。私は今同じようなことが起きても日本政府は結果として釈放します。なぜなら中国は日本をなめているため圧力をかけて日本が負けるのを期待し、日本もそれに負けるからです。岡田議員は10年前のこの事件に対して思うことがあるのならその次が来たときに行動が行えるように準備を促すべきだと考えます。

  2. 山中宏純 より:

    言い訳ですね。
    主権者たる国民が危機にさらされた以上、貴殿方は困難であるとしても中国と合い対さなければなりませんでした。それが民主国家の政治家のやるべき仕事です。
    それが、貴殿方は最悪の選択肢を選んだ。国民の生命財産が脅かされても国家はなにもしない。それどころかそれを行使した犯人を送り返し、中国に尻尾まで振ってみせた。
    国内のナショナリズムの高まりを抑制、是正するのも貴殿方の仕事のひとつです。それを貴殿方は一切行わず、もっとも安易な方法で事態の解決を図り、民主国家の矜持すら売り渡した。これを恥知らずと呼ばずして何を恥知らずと呼びましょうか。

    貴殿方は、恥知らずの愚か者なのです。民主国家の何たるかも知らず、ただ勢いと時流にのって政権を取っただけの無能者です。それを自覚なさるところから政治家生活を再スタートさせてください。

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