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2000.03.29|国会会議録

保険業法について

衆議院大蔵委員会において宮沢大蔵大臣・谷垣金融監督庁長官と保険業法について議論

岡田委員 民主党の岡田克也です。

質疑を始める前に、私の方は政府委員は呼んでおりませんので、政府委員の答弁は結構でございますので、そのことをまず申し上げておきたいと思います。

さて、きょうは第一回目でありますので、基本的な問題を中心にお伺いしたいと思います。

まず、保険業法それから更生特例法の改正法案でありますけれども、私は、ここでの一番大きな問題は、なぜ生命保険会社の破綻に対して税金を投入する必要があるのかということについて、国民の皆さんに対してきちんと説明ができるかどうかというところではないかというふうに思っております。

金融機関、銀行の場合には、金融秩序の維持という名目で税金を投入されました。このときにもいろいろな議論があったわけであります。それに先立つものとしては、住専に対する税金投入ということがあった。私は、住専に対する税金の投入は今でも失敗であったといいますか、投入すべきでなかったというふうに思っておりますが、住専にまず税金を投入したところからこの金融の問題が始まったところにいろいろな混乱の原因があったのだろう、そういうふうに思っております。

しかし、金融機関に対しては金融秩序の維持という中で税金投入が認められた。では、生保の場合はなぜなんだということについて、改めて大蔵大臣の御見解を聞かせていただきたいと思います。

宮澤国務大臣 大変根本的なところから問題を提起なさっておりますので、多少お答えをするのに時間がかかるかもしれませんが、御質問の趣旨は、保険契約は、あるいは保険会社の場合には、銀行と違いまして、銀行についても議論のあるところではありますけれども、これはやはり決済機能がありますから、それとして国まで出て保護しなければならない、殊にこのたびの事態はそうであったと思います。

そういう意味では、保険そのものにはそういう機能がございませんから、いわば保険契約というのは一つの商品であって、それは消費者が選択をし、その消費者の選択が誤れば、業界内で共助規定があるということは場合によって考えられますが、そこで国まで出なければならない理由は、銀行預金と違って保険会社の場合に果たしてあるのか、そういうお尋ねにかかわっていると思います。

もっと言えば、保険会社同士が共助規定のようなものを競争相手と一緒に結ぶことはどういうものだろうか。それを拒否する会社がいても別に不思議はないだろうといったような、そういう問題に発展する御論議だと思いますが、それはそもそも論でございまして、もっと我が国も普通のときになりましたら、そういう議論を本当に一度基本的にすることに私は大変意味があると思いますので、御質問の趣旨はそういう意味で大変に関心のある御提起でございます。

今の現実の我が国の状況で申しますならば、生命保険についていえば、世帯ベースで九割の国民が加入をしておりまして、生命保険契約者保護機構が創設されており、破綻した保険会社のすべての保険契約は、受け皿となる保険会社あるいは保護機構に承継されるという仕組みが動いております。

これは、遠因と申すまでもなく、我が国のブームからバーストになりましたこういう背景、非常に下がりました金利等々、いわば我が国のこういう異常な事態における保険会社のビヘービアということから――ビヘービアというのはちょっと言葉が適当ではございませんが、そういう状況に置かれた保険契約というものの現状とでも申しておきますか、そういう中から、倒産をした保険会社もございますし、またその倒産処理をしなければならない保険会社もあるということから、当然、先ほど申しました保護機構の財源の相当の部分が保険会社の破産処理、要処理額、例えば東邦生命の場合には三千八百億円と言われておりますけれども、そういうことで使われてしまっておりまして、そういう状況の中でつくられた業界によるセーフティーネットの基盤が揺らいでまいりましたから、片方では保険契約者のそういう信頼に対して政府として信頼を確保する必要がある。あるいはもう一つは、いわゆる生保危機というものが考えられますのは、そういう状況になって、保険会社が例えば所有する有価証券を売りまして、そして状況に備えるといったようなことになりますれば、それは金融市場全体に不安が広がる危険というものもある。

こういうのが現実の事態でございましたから、したがって、まず業界自身がそういうセーフティーネットの強化を図らなければならないということ、これは業界自身が考えていることでございますけれども、その業界のそういう努力に加えて、政府としてもそれを補完するために時限的に政府補助を可能にする必要があるであろう。それがこの法律でお願いをしているところでございますけれども、言ってみれば、現状の事態に対して、業界自身のセーフティーネットが、あるいは、これ以上業界がそれを強化するための努力に負担の能力の限界があるということから、政府としても、それに加えまして政府としての保護の意思を明らかにする、こういうことであると思います。

ですから、このことは、岡田委員の言われましたそもそも論からいえば、実は遠く離れた、非常に異常な事態の中でお願いをしておる措置であろうと思います。これは、おのおのの立場で哲学がいろいろ違いますと思いますが、もっともっと正常な事態になりましたときに、そういう、そもそも業界の共助規定というようなものが、これは、やるのなら勝手だが自分はそれに参加しないという会社が出ても不思議はないではないかとか、いわんやそういうものに政府がさらにバックアップをする必要はあるのかと。

そもそも論は私は非常に関心がございますし、もっと平静の時代になりましたら、静かな時代になりましたらそういう御議論というものは非常に有意義だと思っておりますけれども、ただいまの事態における政府としてなさなければならないことは、この法案でお願いをいたしておるとおりのことでございます。

岡田委員 今の大臣がおっしゃる異常なる事態を、どこが負担をする形で乗り切っていくかという問題だろうと思います。基本的には三つしかないわけでありまして、一つは、破綻した会社の保険契約者が基本的に責任を負っていくというやり方と、それから業界でそれを支えていくというやり方と、国民全体が税金という形で支えていくという、三つの選択肢だろうと思います。

今大臣は業界のことをいろいろおっしゃいましたが、私自身は、業界でこういったものを全部支えていくというのは不可能だし、またそれはすべきことではない、それこそまさしく護送船団方式である、そういうふうに考えております。

基本的には、それぞれの企業が自己責任で契約を結び、やっている話でありますから、それを、同じ業界に属するからといって、他の企業までがその責任をすべてかぶって支えていくというやり方は私はおかしい、そういうふうに思っております。もちろん、具体的な限度の問題として、今が本当に限度なのか、もう一段業界として負担をすべきなのか、そういう議論はあると思いますが、何でもかんでも業界が支えるべきだという議論は、私は基本的に間違った議論じゃないか、そういうふうに思っております。

そこで、私のきょうの趣旨は、破綻した保険会社の保険契約者というものがどこまで責任を負うべきか、そこの議論であります。つまり、そういう形にすべきなのか、あるいは国民全体が税で担うべきなのかという、そこのバランスをどう考えていくかというところについて議論を深めたい、そういうふうに思っているところでございます。

ただ、その本論に入る前に、今大臣がおっしゃいましたが、これは本会議の北橋委員の質問に対しても大臣はおっしゃっているわけですけれども、保険会社が破綻になると、有価証券を売るという状況が生じて、そのことが金融市場に不安を広げるということを一つの理由として挙げられました。本会議においても、「生保危機に端を発する金融危機というものを防ぎたい」ということもおっしゃっております。

ただ、これは本当にそういうことなんだろうか。例えば、生保以外の他の業種に属する企業が、例えば商社が破綻をするというような場合だって、商社もかなり株式を保有しております。同じような問題が起こり得るのじゃないか、なぜ生保に関してだけこういう議論が成り立つのかというのは、私にとりましては理解しにくいところでありまして、その点につきまして、もう少し説明していただければありがたいと思います。

宮澤国務大臣 やはり、我が国の経済界あるいは国民もそうでございますけれども、それが受け取っている保険会社というものの、あるいは保険契約、殊に死亡保険契約というもののコンセプトの問題があると思います。殊に保険契約なんかは、国民からいえば、貯金の一種と余り違わないもののように思っている国民が多いという現実がありますし、また、保険会社そのものの金融的な影響力というものはもともと非常に大きいというふうに考えられております。

今のお尋ねで申せば、例えば、保険会社が存立が危うくなったというときに、例えば商社であればいろいろな商業活動、活動そのものの中から起死回生の道を見出すことができますけれども、保険会社というものは、主たる業務は保険業務、金融業務そのものでございますから、したがって、そういう場合にそれに備えるだけの資産も持っておりますし、その資産の処分によってそれに対応しようとする、またそのマグニチュードといいますか大きさも、ほかの非保険会社あるいはビジネスの会社とは違った影響力があるというふうに、現実そうでございましょうが、また一般にも考えられておりますから、生保が所有の有価証券を処分に入ったというようなことになりますと、それの与える影響は、その他の場合に比べてやはり現実には格段に大きいのではないかというふうに思います。

岡田委員 私は、今の御説明はしょせん程度問題であって、たまたま生保というものが大蔵省の所管にありますからこういう発想になったと思いますけれども、もしそうでなければまた違う道が追求されたのじゃないか、そういうふうに思っております。

本論に戻りまして、保険契約者がどこまで責任を負うべきかということでありますが、一つは、保険会社というのは基本的に相互会社でございます。相互会社における保険契約者というのは、株式会社における株主とまではいきませんが、例えば、保険業法の三十七条に規定しますように、「社員は、社員総会において、各々一個の議決権を有する。」こういうことになっております。つまり、株式会社で言う株主的な性格も法律上は持っているわけであります。それを自覚しているかどうかはまた別の話かもしれませんが。そういう保険会社の経営に共同責任を負う立場にある保険契約者が、当該保険会社が破綻したときに保護されるべきだという議論というのは、私は大分預金者とは状況が違うように思うわけですが、そこについてどういうふうにお考えでございましょうか。

宮澤国務大臣 法律的なコンセプトでいいますと、今岡田委員の言われたことは私はそのとおりであると思いますけれども、現実の問題として、相互会社の保険契約者が、自分が会社の事業運営に参加する社員であるという意識を大抵の場合現実に持っているかといえば、現実にはなかなかそうではないように思います。

株式会社における契約者と同じように、自分が加入している保険契約上の権利が確実に、かつできるだけコストを払わずに履行されるという意識が、今の場合の相互会社の契約者の大半ではあるまいか。無論そうでない人もおられるでありましょうが、現実にはそこは株式会社の保険契約者と同じに考えている人々が多いのではないかと思います。

岡田委員 私も、現実は大臣のおっしゃるとおりだろうと思います。しかし、物事、法律というものが現に存在して、そこに規定されているときに、それを認識していなかったからといって保護すべきであるということになりますと、これは自己責任というものをどう考えるかという議論にまでさかのぼらなければいけなくなる。

現実には、例えば契約等でいかにも気の毒なケースでも救われないケースというのはたくさんあるわけです。こちらの場合、法律でちゃんと書いてあって、法律上権限が規定してあっての話でありますから、もしこういうものまで保護すべきだということになりますと、保護すべき人はもっともっとたくさんいるのじゃないかという議論も成り立ち得ると思うのですが、もう一度ちょっとお聞かせいただけませんでしょうか。

宮澤国務大臣 それは、岡田委員のおっしゃることは少しも間違っていない、法律的にはそうならざるを得ないだろう。ただ、私は、大半の場合にはそういう意識を御当人方が持っておらないというのが現実だろうということを判断として申し上げただけのことでございます。

岡田委員 私は、保険契約者が全く保護されなくていいと言っているのではなくて、その程度の問題を議論したいと思って今までのことを申し上げたわけですが、例えば責任準備金の九〇%までは保護するという考え方が今回のこの税金導入の大前提としてあると思いますが、なぜ九〇%まで保護するということをお決めになったのでしょうか。この根拠はどこにあるのでしょうか。

大野(功)政務次官 どこまで保証すべきかという問題につきましては、いわばパーセンテージで保証するのか、それとも額で保証するのか。預金の場合は額ということになっております。しかし、この問題は、保険の種類がいろいろございますので、例えば死亡保険、年金となりますと、年金では毎年毎年同様にずっと継続するわけですから、その態様によって、やはり額でやるということになるとインパクトが変わってくるのじゃないか。そこでパーセンテージにする。では、パーセンテージの場合はどこまでやったらいいのか。かつて一〇〇%ということもございましたし、九〇%ということをどういうふうにやったか。

これはいろいろ議論がございました。保険審議会でいろいろ議論して考えているわけでございますけれども、九〇%といいましても、これは長期の問題になりますから、長い目で見ると、それが例えば三〇%ぐらいになるケースもあるし、二〇%ぐらいの保証になるケースもあるし、では一体自己責任を一〇%あるいは二〇%にする意味はどうなんだろうか、こういう議論は、やはり先生御指摘のとおり、いろいろあろうかと思います。

しかし、先ほども大臣からるる御説明申し上げましたとおり、やはり保険契約というのは、非常に大勢の人が入っておりますし、長期にわたるものですから、長期であるということは、保険契約者の方からいえば、将来にわたって例えば金利の動向、景気の動向を余り見通せないものですから、そこによほどの自己責任を追及するということがいいのかどうか、こういう問題もございます。いろいろな問題がございますけれども、各保険会社の経営の健全性の確保をする、あるいは保険会社におけるモラルハザードの発生の抑止等、こういう問題も勘案しながら決定していかなきゃいけない。

外国の例というわけにもいきませんけれども、外国の例で申し上げても、イギリスでは保証水準が九〇%だ、こういうことで、従来十分議論した上こういう結論になったと思っております。

岡田委員 大分議論が先に行って少し混乱したと思いますが、基本的には、責任準備金を九〇%ということを前提にして、そして予定利率をはじく、予定利率は一本だ、その予定利率に基づいて、それぞれの保険商品の中身の差がありますから、資産運用を前提にするものと、場合によっては掛け捨てのようにそうでないものもありますから、結果としてどこまでもとの契約がてん補されるかは保険契約の性格によって異なってくる、こういう流れだろうと私は理解しております。

その大前提としての責任準備金九〇%というのはなぜなんですかということをお聞きしたいわけであります。

宮澤国務大臣 今総括政務次官が申し上げたことに尽きますけれども、それなら八〇%であろうかとかいろいろ、どこかで決めなければならぬということの中で、生命保険契約者保護機構の資金を拠出する保険会社自身の健全性というものの確保あるいはモラルハザード等々、その間のことをいわば兼ね合いで決定して九〇%というものが常識的な線ではないかということであるのではないか。

いろいろな議論をしますと、保証水準の九〇%というのは、保険審議会でもそう言っていますけれども、今政務次官の言われましたように、イギリスでも大体その辺にしているという、一種のそういう意味での兼ね合いといいますか、経験則で妥当な水準ということで決まってまいったということではないでしょうか。

岡田委員 実は、この九〇%ということが、どれだけ税金を最終的に投入しなければいけないかということの決め手になるわけであります。その決め手という割には、イギリスがそうだからというだけでは、私は、なかなか国民は納得しないだろう、やはりそこのところにもっと説得力のある説明が必要なのではないか、そういうふうに思っております。

きょうのところはこの辺にさせていただきますが、ここはもう一度私は聞かせていただきたいと思いますので、税金を負担すべき国民がなるほどと納得していただけるだけの説明を政府の方できちんとしていただきたい、そういうふうに申し上げておきたいと思います。

もう一つの税金投入についての議論というのは、保護すべき上限の話であります。

預金保険の場合には、一千万までは全額保護します、それ以上はそれぞれの破綻した金融機関の資産の状況に応じてその割合でしか保護しません、そういう考え方が、一年延期になったとはいえ、近い将来導入されるわけであります。それじゃ、なぜ生保の場合にはそういう考え方がないのか。

例えば、一人の保険契約者が何億円も保険契約している場合と、それから、みずからの生活のために最小限の保険契約をしている場合で、私は状況は大分違うだろうと思うのですね。そこを全部一緒くたにして、そして責任準備金九〇%の範囲で計算した予定利率で、いわば比例的に、保険契約の額の多い人はそれだけの多くの保護がされるという考え方が、税金投入ということを前提にした場合の考え方として果たしていいのだろうか。これが、業界の中で助け合う、そういう範囲であれば政府がとやかく言う話ではないかもしれませんが、税金まで投入して保護するということに今回なるわけですから、そこの考え方はやはり変えるべきじゃないか。余り多額の保険契約者については上限を設けて保護しないことにすべきじゃないか、こういうふうに思うわけですが、いかがでしょうか。

宮澤国務大臣 それも私は一つの論理的なお立場だと思いますけれども、まさに御質問の前提にあるように、非常に多様な保険契約があることはもう御存じのとおりで、一時払い養老保険のようなものはかなり貯蓄型の保険だと思いますが、他方で死亡保険のようなものはもう少し大きい。それを、一つ一つについて制限を設けるということは、考え方としてはできないとは申しませんけれども、それらの混合がありましたりいろいろなことで、恐らく現実的ではない。

それで、それならば現実的に、仮に預金のように千万円と切りました場合には、貯蓄型の保険が一般的には全額保護されることになるであろうと思いますし、死亡保険、平均加入金額が死亡保険の場合は四千万円以上と言われておりますから、そういうものは保護ができないことになる。雑多な、いろいろな保険とその混合があります中で、いわば一本の基準で貫くことが現実の問題として合理的でもないし、また技術的にも容易でないということから、ここはやはり、預金保険なんかと同様に千万円なら千万円として区切ることに問題があるということだと思います。

岡田委員 確かに保険契約はいろいろあります。いろいろありますから、当然、保険会社が破綻した場合にどれだけてん補されるかということはその保険契約の中身によって変わってくるというのは、現実にそうなっているわけですね。例えば、非常に掛け捨ての性格の強いものは破綻した場合でも一〇〇%保護される、しかし貯蓄的性格の強いものについてはそうはいかないという一般的な考え方で、それぞれ具体的に商品ごとに計算されることになっていると思うのです。そういう具体的に商品ごとに計算をしている以上、私は、上限を設けるということも一工夫すれば可能なんじゃないか、こういうふうに思います。

今大臣は技術的な理由もあるというふうにおっしゃいましたが、そういったことは十分議論した上で全額保護という結論が出ている、技術的な問題その他が、実際に検討したけれども乗り切ることができないということでそうなっているというふうに理解してよろしいでしょうか。

宮澤国務大臣 私が主として聞いておりますのは、契約の内容に従って一つの上限を設けるということが現実に非常に困難であるということ、なおまた、上限金額にもよりますけれども、それによっては破綻処理に伴うコストが非常に大きくなるということも現実にはあるかもしれませんけれども、主な理由はそういうものとして説明を受けております。

岡田委員 上限というものをどこまで考えるかという議論もあると思います。先ほど言いましたように、一人で何億というような保険契約をしているような場合にまで本当に全部保護するのかというところについては私はかなり議論は残るのじゃないか、そういうふうに思っております。

それで、次に参りますが、谷垣大臣にお聞きしたいと思います。

生命保険というのが非常に長期の契約であるということで、その間、今の時代何が起こるかわからない、今の超低金利時代というのもある意味では想定ができなかった状況になっているのかもしれませんが、そういう非常にいろいろなリスク、変動の可能性がある今の時代の中で、何十年先まで予定利率ということで保証するような生保の商品の契約というものがそもそも問題があるのじゃないか、こういう議論もあると思うのですね。それは、保険会社として契約者に対して約束をするわけですが、本来、そんな約束はできないはずじゃないか、こういう議論があると思います。

私は、例えば、貯蓄性の非常に高い商品などは、将来の金利変動というのが予測できない以上、予定利率を保証するというようなことは制限すべきではないか、こういうふうに思いますが、大臣の御見解をお聞かせいただきたいと思います。

村井政務次官 生命保険の商品認可の問題でございまして、金融監督庁の所掌に属することでございますので、まず私からちょっとお答えをさせていただきたいと存じます。

予定利率を保証しまして、それで、死亡時あるいは生存の一定の条件が満たされましたときに一定額の保障を行う、こういうものに対するニーズというものは、これはまたこれで結構あるものでございまして、そういう商品につきまして、法令に基づきまして一定の審査基準がございますけれども、これを満たしている限り、私ども、現在の体系では、その認可申請を拒否することはちょっとできないという考え方でございます。

申し上げるまでもございませんけれども、一方で額の保証のない変額保険という体系があるわけでございまして、一方で定額保険というのがあるわけで、その定額の保険の中に養老、終身というようなものから定期保険まであるわけでございます。そういう一定額を保証するということにもある程度のニーズがある以上、私ども、そうしますと、一定額を保証する保険商品ということになりますと、商品設計上予定利率というものを規定せざるを得ないという事情にあるということは御理解をいただきたいと思います。

いずれにいたしましても、長期にわたって運用をしなければならないそういう商品を売ります場合に、各保険会社は、当然のことでございますけれども、経営の健全性を損なうことのないよう長期的な視点に立って予定利率を立て、また運用も図っていかなきゃならない、資産構成の面でもそういう配慮をしなきゃならない、そういう点についても目配りはしているつもりでございます。

岡田委員 今のお話なんですが、私も五年、十年程度の定額保険であればあるいは可能かもしれないと思いますが、それが二十年、三十年ということになったときに、それでも必ずこれだけの予定利率を保証しますよというような契約というのは、私はどんな会社でも本当には保証できないのだろうと思うのですね。そういうものを果たして認めるべきかどうか。

会社がみずからのリスク負担でやっている場合には今の議論も成り立つのかもしれませんけれども、今回、税金を入れて破綻した保険会社のそういったものについて穴埋めをする、そういう状況になるときに、私は、政府としてはもっと違う立場でこの問題について挑むべきじゃないか、こういうことを申し上げているわけですが、いかがでしょう。

谷垣国務大臣 先ほど総括政務次官からお答えした以上のことについて、私、今御答弁する準備はございませんけれども、一つは、政務次官が御答弁しましたように、このような形態の保険に対するニーズというものは非常に強いということがやはりあるのだろうと思います。それで、一定額を保証すると商品設計上一定の利率というものを考えざるを得ない、ですからこういうものが出てきているのだろうと思うんです。

岡田委員の御質問に今正面から答えられるかどうかわかりませんけれども、平成八年度の保険業法の改正におきまして、どれだけ責任準備金を積み立てておくかという観点からは、標準責任準備金制度というものが導入されておりまして、利率によってやはりそこのところを変えていくということで、今委員のおっしゃったこと全部のお答えになるかどうかわかりませんが、対処しているということではないかと思っております。

岡田委員 今の保険会社の苦しい経営状況というのは、もちろん、現在の低金利もあると思いますし、それからバブルのときの、これはすべての保険会社というべきかどうかは議論があるところだと思いますけれども、バブルに踊った姿、その清算を今求められているというところもあると思います。しかし、同時に、予定利率を五・五%に設定して、そして多くの保険契約を結んでしまったというこの遺産も、これから十年、二十年、三十年と引きずっていかなければいけない大きな問題だろうというふうに思います。

これは保険会社が勝手にそうしたんだ、こういうことかもしれませんが、私は当時の護送船団行政のもとでの大蔵省の責任というものもあるのじゃないか。つまり、予定利率を五・五に引き上げるときに、もちろんそのときはバブルでみんなそのぐらいの資産運用ができるというふうに思っていたのかもしれませんが、しかし、一般の契約ではなくて生保契約ですから、二十年、三十年先まで見通したときに、やはりこの五・五というのは、今から考えればかなり誤った判断だったと思います。それは、個々の会社だけではなくて、行政、政府の責任も私はあると思いますが、この点について御見解を聞かせていただきたいと思います。

村井政務次官 ただいま御指摘の当時の大蔵省の判断ということでございますと、執行官庁としての金融監督庁が引き継いでおります。そういう立場からお答えをさせていただく次第でございます。

先ほど来申し上げましたように、生命保険の予定利率につきましては、長期的な資産運用の水準などを見込みまして予定利率を設定するということが基本でございまして、これまで各社とも当時の実績を踏まえまして、その時点においては適正な予定利率を設定してきた。例えば、平成元年当時でございますと、現実の運用利回りというのは六・九九実現していた、あるいは平成二年でも六・四二実現していたというような実績はあるわけでございまして、それがずっと下がってくるわけでございますけれども。

そういう意味では、いずれにいたしましても、委員御指摘のように、経済、金融環境の変化というものを完全に予測することはできないながらも、当時としてはできるだけのことをしてきた。そして現在も、私どもとしましても、経営の健全性確保の観点から、適正な予定利率の設定を行うという方向で見ておりますし、監督もしているわけでございます。

先ほども谷垣大臣からお答えしたことでございますけれども、平成八年の保険業法改正によりまして、一定の保険契約につきまして、生命保険会社が積み立てるべき責任準備金の算定方法につきまして、積み立て方式、それから標準予定利率、標準予定死亡率を告示によって定めて、いわゆる標準責任準備金制度というものを導入し、そのような意味での基準というものを明示しているということを御理解いただきたいと存じます。

岡田委員 そこで、この五・五%のバブル時の保険、これが将来の保険会社の経営にとって継続的にずっと負担になっていくだろう、そういうふうに私は思うわけであります。

もちろんこれは保険会社と保険契約者の間の契約の問題でありますから、そういった五・五%の予定利率の契約をした保険会社に問題があることは大前提の上で、しかし、このままこれを放置しておいたときに何が起こるかというと、恐らく保険業界に新規参入をする海外の会社も含めて、あるいは国内の、そういう負の遺産を持たない会社との競争が成り立たないような事態というものも十分起こり得るのではないか。それこそまさしく我が国の生命保険業界というものが、私は別に業界を保護するわけではありませんが、既存の企業が次々にドロップアウトするような事態まで招きかねないのではないか、こういうふうに思っております。

先ほど言いましたように、もちろん契約が前提でありますから、それを法律で強制的に、例えば五・五のものを五に下げるとか、そういうことはできないだろう、こういうふうに私は思います。今回提案されている法律の中では、更生特例法までいけばその予定利率が変えられるということであります。

しかし、会社更生というのは、法律用語で言えば倒産であります。倒産して初めて予定利率が一律に、まあ一律でなくてもいいのですが、下げられる、こうお考えになっているわけですけれども、私は、そこまでいかないまでも、保険契約者の一定の賛成があれば、既に契約をした五・五%なら五・五%というものを下げることが可能な、そういう法制というものは準備しておくべきではないか。それは強制するものではなくて、保険会社とその契約者との間の、つまり、相互会社であれば社員である契約者との間の契約の変更ということをやりやすくするような、そういった法制というのは考えられないのだろうか、こういうふうに思うわけですが、そういった御検討はされたのでしょうか。

大野(功)政務次官 まず、民間でそういう契約ができるようにというお話でございました。これはまことにそのとおりだと思います。これは民間の契約の問題でございます。

国としてそこにどういうふうに立ち入っていくのかという問題点でございますけれども、先生御存じのとおり、平成七年の改正前の保険業法におきましては、大蔵大臣の行政命令による保険金の削減あるいは定款の定めによる保険金の削減などの規定がございました。しかし、これはまさに財産権の侵害ではないか、こういう議論を生むわけでございまして、この問題は後の改正によって削除されているわけでございます。

したがいまして、国と民間との関係でいいますと、そこのところが非常に問題になる。しかしながら、先生のおっしゃるような問題点も十分わかるわけでございますが、問題はやはり今の症状をきちっとやっていくことによってその問題を解決していかざるを得ない。後はもう民間の方でどういうふうな商品をつくり出していただけるか、こういうことではなかろうか、このように考えております。

岡田委員 私、この話をしましたのは、結局、日本の銀行がバブルの後不良債権の処理をどんどん先送りにして、その間大手の銀行も次々に倒れていったという、これと非常に似た感じを受けるからであります。

五・五%の保険というのは、ある意味では不良債権というか不良債務というか、これが保険会社の経営という意味ではがん細胞のようにずっと残っているわけで、そこについての何らかの対処というものをしない限り、多少現在の超低金利時代が終えんを迎えたとしても、あるいは株価が上がったとしても、結局はずっと残っていく問題ではないか。それが五年、十年で処理できるならいいのですが、二十年、三十年あるいはそれ以上という問題ですから、私は非常に根が深いというふうに思うわけであります。

私は、行政命令とかそういう形は無理だと思います、確かに。しかし、例えば社員総会の招集とか議決の特例を法律で設けるとか、そういう形で、もちろん基本は民間の問題ですけれども、その議決などがしやすい形で政府の方でそれを支えることができないのだろうか、そういう問題意識で申し上げているところでございます。もし何かコメントがありましたらおっしゃっていただきたいと思います。

大野(功)政務次官 先生の問題意識、非常に私どもも明確にわかるわけでございます。

この問題を解決する一つの手段といたしましては、やはり生命保険契約者お一人お一人と会社が契約を更改していく、こういうような話があろうかと思います。その社員あるいは契約者というのは、保険会社の場合大変多うございます。例えば、一番大きな生命保険会社でございますと千数百万人にわたるというようなことがございまして、到底現実的にそういう解決策がとれないのかな。しからば、何か便宜的に、総代会とかなんとかそういうところで何分の何の議決、こういうやり方があるのかな。しかし、それはやはりお一人お一人の期待権なり財産権を侵害していくのかな。非常に難しい問題で慎重に検討していかなければいけない問題ではないか。問題意識はよくわかるのでありますが、現実的に非常に難しい、このように思います。

岡田委員 例えば、バブルのときに五・五の予定利率で契約した保険契約者も、放置しておけば、会社更生法の適用があって、結局予定利率が五・五が二ぐらいに下がってしまう、それよりは早目に手を打って、五・五を五ぐらいにしたとしても、それで本当に会社が立ち直るのならそちらの方が自分も得だと、冷静に考えればそういう判断もあり得るのではないかと私は思いますので、ここは一工夫できるのではないかというふうに思っております。この議論はまたしたいと思いますけれども、政府の方でも御検討をいただければありがたいと思います。

いずれにいたしましても、きょうは預金保険法の方もやろうと思ったのですが、時間が参りましたのでこの辺にさせていただきますが、最後に、これだけの生保の経営危機の一つの原因に、やはり金融機関の救済のために安易に生保にツケを負わせた、こういうことはあるのだろうと思います。九五年の兵庫銀行のときでありますとか、あるいは九七年、九八年の日債銀、そして三洋証券、それぞれ生保にかなり無理やり負担を押しつけてそういう既存の金融機関の救済に当たった、それが結果的に金融機関が破綻することで紙くずになってしまった、こういう経緯があると思いますが、そういったことに対しての政府としての反省の弁がもしありましたら、お聞かせいただきたいと思います。

宮澤国務大臣 金額的にということになりますと、必ずしも因果関係があると思いませんけれども、まあしかし、ああいう行政そのものが適当でなかったということは、これは以前にも何度も申し上げたことで、その点反省いたしますし、また相手にも御迷惑をかけたという思いもございます。

そういう過去もございまして、やはりそういう意味で幾らか負い目も実は感じざるを得ない、正直の気持ちで申しますと。ああいう行政そのものの誤りは、反省をいたしております。

岡田委員 終わります。




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