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1991.03.27|国会会議録

120回 衆議院・沖縄及び北方問題に関する特別委員会

平成三年三月二十七日(水曜日)

午前十時二分開議 「沖縄及び北方問題に関する件」

岡田(克)委員 自民党の小沢幹事長のゴルバチョフ・ソビエト連邦大統領との二度にわたる会談によって、北方領土問題の解決に向けて前進があるのではないかとの期待が国民の間に高まっております。こういう時期に、本日四人の参考人の先生から見識に富む御意見を聞かせていただき、大変ありがたく思っております。先生方の御意見を踏まえて、北方領土問題にある程度絞りまして若干の質疑を行いたいと思います。

まず、質疑に先立ちまして、私の北方領土問題についての立場を明らかにしておきたいと思います。

私は、四島一括返還が必要であるという立場でございます。過去のソ連の権力の歴史を見ると、最高権力者が権力を失った後に大きな政策の変更あるいはぶれがあるということが起きております。そして、ゴルバチョフ大統領の現在置かれている立場あるいは状況にかんがみても、とりあえず二島で合意をして、その後国後、択捉両島について別に交渉するという考え方については、これは絶対に避けるべきであるというふうに考えております。より根本的には、先ほど伊藤先生がおっしゃいましたように、北方領土問題というのはそれ自体が究極の目的ではなくて、将来にわたって強固な日ソ関係を築くための前提である、そういうふうに考えるべきであると思っております。そういう意味で、国内的にも国際的にも筋の通った解決、すなわち四島一括返還という立場を堅持すべきであると思っているわけでございます。

ただし、主権が四島ともに日本にあるということを認めるのであれば、具体的な返還手続にはいろいろな幅があってもいいのではないかと個人的には思っております。例えば物理的な引き渡しについてはある程度の年月をかけるということも考えられますし、場合によっては、一たん四島の主権が日本にあるということを認めた上で、これは仮にの話でありますけれども、十年間なり二十年間ソ連に無償で貸与するということでもいいのではないかと思っております。重要なのは、第一に主権が日本にあるということの確認をするということと、そして第二に、引き渡し、あるいはそういった貸与ということをするのであればその期間が条約で明示をされるということではないかと思っております。

さて、まず伊藤先生にお伺いしたいと思いますが、先生は、日ソ関係の将来の発展のために強固な基盤を用意することが必要だ、それが日本の対ソ外交の目的である、その前提として北方領土四島の返還が実現しなければならないということをおっしゃったと思います。そしてそのために第一に歴史の理解の共有が必要であるということを言われました。歴史の理解の共有という場合、先生がおっしゃったいろいろな問題、当然あるわけでありますが、これに加えて、ヤルタ協定というものを一体どう見るのかということも重要でないかと思います。

ヤルタ協定、これについては米国が日ソ交渉に関する一九五六年九月の覚書の中で述べておりますように、国内的な連合国の手続を経ていないという性格から見ても、単に当事国の当時の首脳が共通の目標を陳述した文書であって、法的な効果を持つものでないということは自明のことではないかと思われます。また日本から見れば、ヤルタ協定の存在そのものを知らなかったわけでありますし、それについて受け入れの手続あるいは意思の表明は何らしていないわけでありますから、国際法の常識からいってヤルタ協定を根拠にすること自身が全く常識外といいますか根拠のないものであるというふうに私は思うわけでありますが、この点についての伊藤先生の御意見を聞きたいと思います。

伊藤参考人 ヤルタ協定の法的効果に関しましては、岡田議員のおっしゃるとおりでございます。法律学の基本原則の一つに、合意は第三者を利することもなければ害することもないという法理、法律のことわざがございます。自分が関知しない、コミットしない第三者間の合意によって何人も義務を負わないという当然のことを反映した言葉でございます。

しかし、私がつけ加えてもう一つヤルタ協定に関しまして付言いたしたいと思うのは次のことでございます。それは、このヤルタ協定、特に戦後日本の処分、処理に関する部分、つけ加えて言えばそのほかにもスターリンが中国に対して要求した帝政ロシアの旧利権の回復に関する要求も含めてよいかと思いますが、こういった部分の持つ犯罪性であります。

歴史上ヤルタ協定のこの部分に該当する類似のものとしては、三度にわたる十八世紀のポーランド分割に関するプロシア、オーストリア、ロシアの合意がございます。これはポーランドの国内の混乱に乗じて、隣国である三国が私議いたしまして、三度にわたり密約を結んだあげく最終的にポーランドを分割してしまった合意でございます。このオーストリア、プロシア、ロシアの合意によってポーランドが何ら拘束されるものでないことは、合意は第三者を利することもなければ害することもないという法理によって明白であるのみならず、ポーランド分割の犯罪性ということは国際社会において確立された認識でございます。また、さらに前例を求めれば、ポーランド分割及びバルト三国、モルダビアのソ連による併合を黙認、承認した独ソ不可侵条約附属秘密議定書の合意に匹敵する犯罪性を持ったものでございます。ソ連は、ペレストロイカに入ってからこのリッペントロップ・モロトフ間に署名された独ソ附属秘密議定書の犯罪性ということについて自認いたしております。

ヤルタ協定の一方的な帝国主義的分割に関する合意というものは、その犯罪性においてこれらの歴史的前例に何ら劣るものではなく、そのことを念頭に置けば、ソ連は北方領土領有の根拠としてこれまでしばしばヤルタ協定を援用してまいりましたが、今やヤルタ協定を援用することを恥ずるだけではなく、ヤルタ協定を米英に要求し、そのような合意を生み出したスターリン外交自体について恥ずるべき段階に来ているのではないか。それがペレストロイカの新思考外交というものの論理的帰結ではないか。

なお、あえて付言すれば、いかに当時米英の便宜に沿うものであったとはいえ、このような犯罪的国際合意に加担した当時の米英の責任も私は看過するものではない、許すべからざる米英の責任であったと考えますが、しかし、この合意の主たる作成要求者はスターリンであり、そして、それを戦後米英は否定しているにもかかわらずソ連は繰り返し主張し、それを根拠として北方領土の領土的要求権を主張し続けているのは、旧思考、スターリンの帝国主義的、犯罪的思考の遺物であると考えます。

岡田(克)委員 今の御説明でよくわかったわけでありますけれども、先生がおっしゃいますように、もちろんこれはソビエトだけではなくアメリカあるいはイギリスの首脳にとっても、このヤルタ協定を認めたということは、その意味では問題があったというべきであろうと思います。しかし、北方領土の問題の根拠として今までヤルタ協定を援用してきたことは、先生もおっしゃるようにソ連にそれ以上の問題があったということを示していると思います。問題は、そういったヤルタ協定の性格についてソ連の国民がよく理解をしているかどうかということが私は非常に大事ではないかと思います。そういう理解が一般に行き渡って初めて北方領土の問題というものに対するソ連国民の世論というものが変わってくるのではないかという気がするわけであります。

ソ連がもう一つ挙げておりますサンフランシスコ条約について、お尋ねをしたいと思うわけであります。

まず、ソ連はサンフランシスコ平和条約そのものを認めておりませんから、サンフランシスコ平和条約を北方領土の根拠として持ち出すことにそもそも問題があるというふうに思うわけでありますが、仮にこれを認めたとして、それじゃ、あそこで言う千島列島に国後、択捉が入るということを仮に認めた場合にも、それは決して国後、択捉がソ連のものだということにはならないのではないか。つまり、みずからサンフランシスコ平和条約を認めていない以上、千島列島全体を含めて、あるいは南樺太も含めて、その領有についてはまだ国際的には白紙の状態ではないか、そういうふうな気が私はするわけでありますがこの点について専門家の御意見を聞かしていただきたいと思います。伊藤先生。

伊藤参考人 この点につきましては私幾つか論文を書いておりまして、若干政府見解とも異なるところがあるわけでございますが、まず確認のため政府見解を御紹介いたしますと、政府見解では、日本は千島列島、南樺太を放棄した、千島列島の中には国後、択捉は含まれない、こういうことでございまして、このことを根拠としてソ連との北方領土交渉をやってまいったわけでございます。

私がかねて主張いたしておりますのは、サンフランシスコ条約二条C項というものの法的性格でございます。これは御承知のとおり、日本が千島列島、南樺太に対する権原を放棄するということを定めているのみで、放棄されたこれらの諸島がいずこの国の領有権下に帰属するかについて定めていないわけでございます。サンフランシスコ講和条約に署名した国々、これを連合国と仮に呼ぶことにいたしますと、連合国はこの二条C項を法律的行為として完成するためにはこの帰属先を特定しなければならないわけで、帰属先を特定しない法律行為は未完成の法律行為になるわけでございます。連合国としては、日本が放棄した後の千島列島、南樺太の所属につきましては、再度国際会議を開いてそこにおいて意思決定を行い、法律行為の未完成部分を完結する行為をなすべきであったわけであります。しかし、御承知のとおりの東西冷戦対立下においてそのようなことは現実政治的には不可能なことであったわけであります。特に、これらの諸島を東西対立の他方の雄であるソ連が軍事的に占領しているという状況下において、現実政治的に不可能な行為であったわけであります。

ところで、法律学上、契約において特定された法律行為が未完成のまま放置され、かつ完成の見通しがないときにどうなるか。法律学の一般的な理解では、その法律行為を定めた契約条項は無効とされる、効力を失う、失効するというのが法律学の一般的理解でございます。これは皆様、私人間で土地売買等の契約を結んだけれども、その契約文章が意味不明であったり実行不能であったときその条項がどうなるかというと、それは効力を持たない、失効するわけであります。

そのことを踏まえて考えますと、二条C項については、これは日本国と連合国の間の合意でありましたが、日本国と連合国の間の合意としては失効したのではないかというのが私の理論でございます。そして、日本がそのような、自己がかつて署名した国際合意の一部について失効を主張したことは過去にも例があるわけでございます。そのように日本はこの二条C項について失効を宣言すべきではないか。

その場合にどうなるかというと、千島列島、南樺太については、この問題がいわば日ソ二国間に白紙の状態で投げ出されるということであります。その場合には、日ソ間において千島列島、南樺太をどうするかをゼロから交渉する必要が生ずるということであります。したがいまして、私の個人的な持論といたしましては、日ソ間の平和条約交渉というのは、単に北方領土四島だけではなく、千島列島、南樺太を含めてどうするのか、千島列島、南樺太はソ連に帰属する、国後、択捉、歯舞、色丹は日本に帰属する、このことをゼロから交渉し合意すべきである、それが日ソ間の平和条約であり、これが日ソ間の戦争状態に終止符を打つものである、このように私主張してまいったわけでございます。したがいまして、この場合には千島列島の範囲いかんという問題を議論する必要は全くないわけでありまして、また、逆に言えば、南樺太はソ連、千島列島は日本という合意すら日ソ間で合意すれば合意可能なことであり、このことについて連合国は何ら抗議あるいは容喙する根拠を持たないわけであります。なぜなら、彼らはそのことについて未完成の法律行為しか合意することができず、しかもそれを完成させる能力を持たないからであります。

しかし、日本政府はそのような立論をたどらずに、千島列島の定義いかんということに論点を絞って、つまりサンフランシスコ平和条約二条C項による千島列島、南樺太放棄ということについては、ソ連についても日本はその有効性を認めるという立場で議論しているために、日本政府の法理論は千島列島の定義いかんという論点一点に集中して推移してきたということでございます。

岡田(克)委員 時間もなくなりましたので、最後に一言申し上げたいと思います。

今の伊藤先生の御議論、一つの大変立派な御見識だと思います。ただ、もう一方の見方として、そういう議論があるからこそソ連が国後、択捉を返すことに対して危機感を持つ、心配をするという面もあるのじゃないか。つまり、国後、択捉を認めたときに北方領土全体あるいは南樺太の問題まで全部蒸し返されてしまう、そういう不安があるのではないかと思います。

そういう観点から、連合国との間で日本が主導的な役割を果たして、完結していないサンフランシスコ平和条約について完結をさせるという日本外交というのもあっていいんじゃないか。それを日本がアメリカ、イギリスと語り合うことで何らかの法的意味を持った合意を得て、それをソ連にギブすることで北方領土問題の解決の一つの大きなステップにする道もあるのではないかという私の私見を最後に申し上げまして、大変残念ですが、時間がなくなりましたので、私の質問とさせていただきます。




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