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2011.05.11|TALK-ABOUT [ブログ]

警戒区域-福島第1原発から5キロ、浪江町の捜索現場へ

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2度目の訪問になりますが、この連休を利用して、福島県の被災地を視察してきました。

今回は、まず7日(土)に、被災され、いま現在避難している自治体の町長さん、村長さんなど3人と意見交換をしてきました。同時に、その避難されている方々を受け入れている自治体の長ともお話をさせていただきました。

3月11日から約2カ月が経ち、被災された皆さんの疲労はピークに達しています。もちろん、いろいろなことが次第に整ってきていますが、最初は、ガソリンはなく食料も十分に届かないという状況でした。

いまでも厳しい状況は続きますが、食事や物資については、必ずしも温かいものがあるわけではありませんが、ある程度、最低限のものは提供されるようになってきており、少し落ち着きが出てきていると思いました。

同時に、仮設住宅の建設が進み始めたことや、子どもさんたちが避難先で新学期が始まり学校に通い始めたことが、被災された人々の心に少し希望を与えているなと感じたところです。

とにかくスピードが大事で、しっかり対応していかなければいけないなと改めて感じたところです。

翌8日(日)は、福島第1原発の警戒区域に入りました。原発から約5キロの浪江町の海岸沿いで、警察や消防、自衛隊の皆さんが行方不明者の捜索活動をしています。

その地区に入って、朝礼でまず皆さんに感謝の気持ちを述べ、激励をさせていただきました。その後、自衛隊や警察の皆さんが捜索活動をしているところへ行き、意見交換をさせていただきました。

こういう厳しい状況の中で、もちろん防護服を着て、連日、行方不明者の捜索をしておられる警察や消防、自衛隊の皆さんに対して、心から敬意を表したいと思います。国民の皆さんも、大変厳しい状況の中で頑張っておられる人たちがたくさんいるということを、是非、知っていただきたいと思います。

行方不明者のご家族からすれば、当然、自らの肉親、父親や母親に一目会いたい、子どもさんの姿を確認したいと切実に思っておられる方が多いので、震災発生から2カ月経ちますが、何とか関係する様々な思い出の品だけでも発見していただきたいと願わずにはいられませんでした。

そして、これは福島県だけではなくて、全国から警察なども応援に入ってもらっています。私が話をしたのは、自衛隊の福島県に駐屯する部隊の方々でした。

3月11日以降、まず入られたのは宮城県だったそうです。宮城県の石巻で活動をして、その後、福島県に入ったと言われていました。

「2カ月にわたり連日の活動は大変でしょうね」と申し上げたところ、「自らの地元である福島県に戻って活動できるので、士気は高いですよ」と責任者の方はおっしゃっていました。

いずれにしても、状況や環境は悪いですし、原発のすぐ近くでストレスも大きいと思います。釘などで怪我をされる方も何人もいらっしゃるとの話でしたが、しっかりと頑張っていただきたいと改めて感じた次第です。



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