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2011.01.07|TALK-ABOUT [ブログ]

尾崎記念館訪問-郷土の大先輩のすごさを改めて認識


1月4日に、菅総理が伊勢神宮を参拝されました。地元の代議士として、そして、幹事長として同行させていただきました。

いつものことながら、大変な参拝客の皆さんのご厚意に迎えられて、菅総理も一生懸命握手をされて回っておられました。

正月早々、多くの方々と「菅さん」という掛け声に支えられて、菅総理も大変嬉しそうにされていました。今年1年、しっかり頑張らなければいけないと、総理ともども、皆で誓ったところです。

伊勢神宮参拝に先だって、伊勢に行くということで、2時間弱という短時間でしたが、私のかねがねの課題であった「尾崎咢堂記念館」の訪問を果たすことが出来ました。

尾崎行雄先生(名は行雄、号は咢堂)は、出身は神奈川県ですが、子どものときに父親の仕事の関係で三重県で過ごしたご縁もあり、また、その父親も退官後は三重県にずっとお住まいになっていたこともあって、三重県から議員として選出をされ、そして、なんと63年間、第1回帝国議会から始まって、戦後の総選挙で私の生まれた昭和28年に落選するまで、議員として仕事をされました。

自由民権運動における活躍、あるいは藩閥政治との戦い、そして、戦中も含め、軍部に対して大政翼賛型の選挙を批判し、軍部の台頭を批判しました。戦後は、世界連邦を提唱されるなど、長いだけではなく非常に中身のある政治活動をされた郷土の大先輩です。

その記念館に行って、少し改めて尾崎先生の歴史を学ぶことが出来ました。今回、私が新しくわかったことは、尾崎先生は、衆議院議員をやりながら、長く東京市の市長を務められたのですが、その東京市長時代に、ワシントンに桜を送られました。それが、いまのポトマック川周辺の名所になっている桜の基になりました。

この桜を送った理由は、日露戦争で日本は勝ったものの、なかなか終わり方が難しく、ポーツマス条約を結ぶに至るのですが、その際にアメリカが仲介に立ってくれたことに感謝の意を込めて、3,000本の桜を送ったことのようです。

この桜も来年100年を迎え、いろいろな行事が予定されていると思いますが、いまだに、アメリカの人々、あるいはワシントンですから、世界の人々に日本の桜の美しさをしってもらうのに、後に残る素晴らしいプレゼントだったと思います。

いずれにしろ、尾崎先生の選挙区は三重県の南の方ですから、私の選挙区とは重ならないのですが、とにかく、1890年の第1回帝国議会から、先ほど言いましたように、1953年(昭和28年)に落選されるまで――その翌年にお亡くなりになられますが――63年間議員を務められました。

そして、数々の素晴らしい実績を残されました。地元からそういった政治家が出ていることを誇りに思います。

私は7回当選であり、そう長くやるつもりは私は全くありませんが、63年間、25回当選というのはすごいことだと思います。中身はもちろんですが、長かったこと自体もすごいことだと、改めて認識した次第です。

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