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プロフィール
「岡田さんに聞いてみましたQ&A」(リーフレットより)
 
1953年7月14日 三重県四日市市に生まれる。
四日市市立中部西小学校、中部中学校を経て家庭の事情により大阪・豊中市に転居。
大阪教育大付属池田高校卒業。
1972年 4月 東京大学法学部入学。大学時代は勉強というよりは読書に熱中、当時最も印象に残った本はドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」。
1976年 4月 通商産業省入省。通産省時代は
【1】
第一次石油危機後の長期不況下における中小企業対策の拡充やマクロ景気対策の立案
【2】
第二次石油危機発生に伴う石油危機管理対策の立案と実施
【3】
先端技術開発政策
【4】情報通信の発展に伴う知的所有権の保護立法とそれに関する日米交渉
【5】石炭、LNGなどの日米エネルギー問題の解決に向けての日米交渉などを担当、その間米国ハーバード大学国際問題研究所(CFIA) に客員研究員として一年間留学。
1988年 7月 大臣官房企画官を最後に通商産業省を退職。衆議院選挙に三重県から出馬を表明。
1990年 2月 衆議院議員選挙に初当選。自民党政治改革を実現する若手議員の会の中心メンバーとして政治改革の実現に奔走。
1993年 6月 野党提出の宮沢内閣不信任決議に賛成票を投じて自民党離党、羽田孜、小沢一郎氏らとともに将来の政権交代可能な政治を目指し新生党結成。
1994年 12月 新生党を発展的に解消し、新進党結成に参加、二大政党制を目指す。
1995年 4月 三重県知事選挙において周囲の反対を説得して北川正恭候補を擁立。激戦を制して北川知事誕生の原動力となる。
1996年 10月 衆議院選挙に三回目の当選、新進党副幹事長に就任。
1997年 12月 突然の新進党解散に議員総会で強く反対するが、解党が強行される。
1998年 4月 二大政党制を目指し、新たな民主党結党に参加、政調会長代理に就任。
1999年 10月 民主党にネクストキャビネットを設置し、財政・金融ネクスト大臣に就任。
2000年 6月 衆議院選挙に四回目の当選。衆議院安全保障委員長に就任。
2000年 9月 民主党鳩山代表を2期目の代表に選出。第2次ネクストキャビネットが発足し民主党政策調査会長に就任。
2001年 9月 党政策調査会長に再任
2002年 10月 党幹事長代理に就任
2002年 12月 党幹事長に就任
2004年 5月

党代表に就任

2005年10月 党常任幹事(東海ブロック担当)に就任
2006年9月 党副代表に就任
2007年2月 党政治改革推進本部長に就任
2007年9月 衆議院予算委員会筆頭理事に就任
2008年1月 党地球温暖化対策本部長に就任
2008年5月 党ミャンマー・サイクロンおよび中国・四川大地震災害対策本部長に就任


現在の主な役職

<民主党>
副代表
政治改革推進本部長
地球温暖化対策本部長
ミャンマー・サイクロンおよび中国・四川大地震災害対策本部長

<衆議院>
予算委員会筆頭理事







(2008年7月1日現在)




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