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2009.02.16|TALK-ABOUT [ブログ]

八丈島――暖かく美しい自然、宇喜多家の興味深い話も

年が明けて2月になり、地方回りをまた再開しつつありますが、先日、八丈島に行く機会がありました。

八丈島というのは実は東京3区、民主党でいえば松原仁さんの選挙区です。以前に都議選の応援で行ったことがありましたが、今回その松原仁さんの応援も兼ねて訪れることにしたわけです。

この八丈島では最近、町長選が行われました。その際の大きな争点が廃棄物処理場の話でした。つまり、高さからいうと八丈島のかなり高度の高いところ、非常に美しい水源地の近くに廃棄物処理場を造るということが一大争点となりました。

選挙の結果は、廃棄物処理場を建設するとした現職側が勝ちましたが、かなり接戦になったことは間違いありません。

大変美しい、緑に包まれたところで、水がそこから流れてくる。ちょうどいまサーフィンが結構盛んで、多くのサーファーがサーフィンを楽しんでおられましたが、その海の近くの岸壁の割れ目から水が滝のように吹き出している、非常に美しい光景でした。

どうして、よりによってそういう水源地の近く、高度の高いところに処理場を造らなければいけないのか、私自身も非常に疑問に思いました。

いずれにしても、八丈島は東京から飛行機で1時間弱、非常に暖かいし、美しい自然の残された地域です。また是非ゆっくりと自然に親しみたいと改めて感じました。

そしてもう1つ、八丈島といえば昔から流刑地でもありました。宇喜多秀家(豊臣秀吉時代の五大老の1人で、もともと岡山の戦国武将)も、関が原の決戦で西軍の副大将を務め、敗れたために八丈島に流されました。そして、その後40年以上八丈島で生きて、そこで最終的に亡くなったというお話があります。

私は宇喜多秀家に若干の関心を持っていたので、お墓参りもして参りました。

そこで聞いた話で非常に興味深かったのは、結局10人ぐらい、お供の者とかお医者さんと一緒に宇喜多秀家は八丈島に流されたのですが、その子孫は代々八丈島で生活をし、その一部の方は明治維新とともに故郷にお帰りになったという話でした。

そして、宇喜多秀家の奥さんは金沢の前田家から来ていて、流されるときにそこで離縁されるのですが、前田家は明治維新まで宇喜多秀家およびその子孫に対する生活物資の支援を続け、八丈島まで物を運んだという話も伝わっているそうです。非常に興味深いお話も伺うことができました。

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