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活動レポート 岡田かつやの活動の記録

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第3章 先送りされ続けた社会保障制度改革

1)負担増論議先行の医療制度改革

医療は国民が健康で安心して生活するための基本である。充実した質の高い医療提供体制とその前提となる医療財政制度は、国が責任を持ってその確立を図らなければならない。

日本は女性の平均寿命が86歳、男性で79歳と、世界有数の長寿国である。健康でなければ長生きできない。日本の医療について、様々な問題があることは事実だが、いままでは比較的良好な結果を残してきたと言えよう。我が国はすべての国民が公的医療保険でカバーされている仕組みである国民皆保険制度を昭和36年に導入し、さらに発展させてきた。このことは高く評価されていいと思う。

医療の質の問題については、例えば、がん対策の遅れや小児医療の充実の必要性が指摘されている。多くの病院の勤務医や看護師が過酷な労働条件の下で働いている現実もある。これらは従来から民主党が国会で取り上げてきた問題であり、平成18年の通常国会においても、民主党はがん対策基本法案と小児医療緊急推進法案を国会に提出した。

前者は、日本人の死亡原因の3割を占めるがんへの対策に財源と人材を集中投入し、予防を含めた治療体制を強化するというものである。また後者は、小児救急医療体制の強化や小児科医の待遇改善、小児医療費の自己負担軽減などにより、親と子どもが安心できる小児医療を早急に整備するというものである。このうち、がん対策基本法案については、自らがんであることを明らかにした民主党の山本孝史参議院議員の熱意もあり、最終的には厚生労働委員長提案の法案が全党一致で成立するに至った。

今後も医療の質の改善を進めていくことが必要であることは当然であり、これこそが医療をめぐる最も重要な改革であると思う。そして、これらの改革は、病気のリスクを減らすことで、中長期的には医療費の増加を抑制することにもつながることが期待されている。

しかし、日本の医療制度は現在、いま1つの大きな危機に直面している。それは、目の前にある財政上の危機である。急速に進む少子高齢化は、年金制度だけでなく医療保険制度にも暗い影を落としている。高齢化が進み、高齢者の数が増えると医療費は増える。平成15年度における日本の1人当たりの医療費は、65歳以上が年間約65万円であるのに対し、働く世代が大半を占める15歳以上64歳以下では年間約16万円に過ぎない。高齢者は病気になりやすいうえ、一旦病気になれば治癒するのに時間がかかるため、より多くの医療費が必要となるのは当然のことである。負担能力の点においても、年金以外に所得のない多くの高齢者にとって限界があることも事実である。つまり、医療保険制度の改革は、少ない給付と高い負担能力を持つ働く世代から、少ない負担能力しかなく、かつ大きな給付を必要とする高齢世代への所得移転の側面を持つ。

その意味では、医療と年金には共通するものがある。決定的に異なるのは、年金が所得の再分配であるのに対し、医療はサービスの給付であり、その給付の効率化が可能ということだと思う。効率化すなわち給付の無駄を削減することで、医療費の伸びを抑制することが可能であり、どのようにして効率化を実現するかということこそが、医療における財政構造改革の本質である。

初めて当時の厚生省の担当者から診療報酬制度の改定の概要について説明を受けたとき、私は思わず「まるでソビエト社会主義経済のようだ」と言ったのを思い出す。すべての医療行為や薬価に点数が付いている。いままでは中央社会保険医療協議会(中医協)の場で、この点数配分が決定されてきた。一種の配給制であり、そこに市場原理に基づく競争が行われる余地はない。何よりも、社会主義国家の多くが非効率と腐敗で崩壊したように、現在の我が国の医療保険制度にも多くの無駄と非効率、場合によっては不正が存在している。

医療制度の改革をめぐる私と小泉総理との議論は、実は小泉厚生大臣のときから行われてきた。そして、それは主として負担増と構造改革の優先順位の問題をめぐる議論であった。負担増といっても、本人負担の増加と保険料の引き上げ、そして税投入の増加の3つがある。小泉さんは厚生大臣のときに健康保険の自己負担を1割から2割に、そして総理大臣のときに3割に引き上げた。小泉さんの特徴は、本人負担の増加に力点が置かれてきたことである。

小泉さんは、これらの負担増を実行しようとするたびに構造改革を必ず実行すると約束し、そして負担増の法案が成立すると構造改革を先送りしてきた。私が小泉総理の構造改革に当初から不信感をぬぐうことが出来なかったのは、かつて厚生委員会において、小泉厚生大臣に見事に構造改革先送りをされた苦い経験があったからである。

改革なくして負担増なし

私と小泉さんとの医療制度に関する論議は、平成9年の通常国会にさかのぼる。当時、小泉さんは橋本内閣の厚生大臣、私は衆議院厚生委員会の野党第一党・新進党の筆頭理事、すなわち責任者だった。

この国会において、政府は健康保険法の一部改正法案を提出していた。その主な内容は、健保財政の困難な状況を打開するために、患者の自己負担の割合をそれまでの1割から2割に引き上げるというものだった。委員会において各党は、医療制度の構造改革によって効率化を実現すれば負担増は必要ないと主張していた。

私は医療制度の構造改革と負担増は同時に行われるべきで、負担増が先行するのは許されないと考えていた。ただし、自己負担を2割に引き上げることは、患者にコスト意識を持たせ、医療の分野にも市場原理を部分的に持ち込むことで効率化に資することになることから必要なことだというのも私の持論だった。

平成9年4月の衆議院本会議で、私は健康保険法の一部改正法案に対する代表質問に立った。当時、橋本内閣は6つの改革の実現を看板政策としていた。そして、そのうちの1つとして、社会保障構造改革を掲げていた。

私は医療制度改革の基本的視点として、「たとえ部分的であっても市場メカニズムが働き競争が行われることが、医療の分野における効率性を上げるために極めて重要と考えます。また競争がないことが、不正や不公正が発生する余地を大きくします。これを防ぐためには、幅広く情報公開を行っていく必要があると考えます。医療保険制度改革は、競争原理の導入と情報公開を中心に行うべきだとの私の考え方に対する厚生大臣の見解を求めます」と質問した。

また、負担増については「約2兆円の医療保険の負担増が提案されていることに対し、国民各層から強い反対の意思表示がなされています。しかし、国民は単に負担増に反対しているのではありません。そのプロセスに対して怒りを覚えているのです」「医療保険審議会は、今回の改革案は『負担増が中心であり、制度の総合的な改革に向けての取り組みが十分でなく誠に遺憾である』と、政府の審議会としては異例の答申を行っています。なぜ構造改革に着手することなく負担増のみを求めようとしているのか」と質問した。負担増そのものに反対しているのではない、負担増と構造改革はセットで行うべきだとの思いを込めた発言だった。

小泉厚生大臣は最初の質問に対しては、「競争原理と情報公開の推進が必要ではないかというお尋ねですが、大筋で基本的に私も同感であります」と答弁。大臣の率直な答弁で、改革の方向性について認識を共有できるのでは、と私は思った。構造改革については、「今回の法案を提出したことによって、その抜本的な意見がいろいろ出ておりますから、この機運をとらえて今後早急に抜本的な改革に取り組んでいきたいと思いますので、御理解をお願いしたいと思います」というものだった。すでに負担増の法案を提出している以上、構造改革と負担増をセットで議論することはないが、抜本的改革はやるとの意思表示だった。当時の小泉さんは、自民党の中では異質な政治家と受け取られていた。小泉厚生大臣の答弁は、改革意欲を十分に感じさせるものだった。

厚生委員会での審議は、介護保険法案や臓器移植法案の審議も重なったこともあって、いままでにない150時間という長時間となった。とにかく徹底審議しようという野党側筆頭理事だった私の方針に、小泉大臣もよく付き合ってくれたと思う。

結局、負担増法案は野党の強い反対にもかかわらず成立した。しかしその間、「構造改革なくして負担増なし」という野党の主張に対し、小泉厚生大臣は「この国会が閉会すれば直ちに抜本策とりまとめに全力投球いたしますが、できるだけ早く、7月中にはその案をまとめたいと思います」と明言していた。厚生大臣として、医療制度の構造改革について厚生省案をまとめる決意を示したのである。平成9年6月13日の厚生委員会での私の質問に対する答弁だった。

公然となされた改革先送り

8月7日、厚生省は「21世紀の医療保険制度」を発表した。この中で、質の高い医療の効率的な提供のために、医療機関の機能や病気の特性に着目した診療報酬体系の再構築、現行薬価基準制度の廃止と市場の実勢価格を基本とした新たな仕組みの導入、医療機関の機能分担の明確化や医療に関する情報提供の推進による適正かつ効率的な医療提供体制の確立などを具体的に提案した。

また、給付と負担の公平のためには、医療保険制度を再構築することが必要だとして、被用者保険と国民健康保険(国保)を統合した都道府県単位の地域医療保険制度を確立する案と被用者保険と国保の2本建てとする案の2案を提案し、高齢者医療制度については、独立の保険制度とする案と国保や被用者保険に一体化する案の2案を提案した。率直に言って、思い切った具体的な提案がいくつかなされた、なかなかよく出来た改革案だった。

8月26日に、この厚生省案に対する閉会中審査、すなわち国会が終了しているなかでの厚生委員会審議を行った。

私は「具体的なものがいろいろ盛り込まれておりまして、よくここまでおまとめになった。まず敬意を表したいと思います」と野党としては異例の言葉を送った。本気だった。

その上で、「大臣自らこの委員会で何度も医療というのは統制経済だという表現をお使いになっていたと思いますが、私もそのとおりだと思います」「ソビエト社会主義が崩壊したように、そういう統制経済というのはどこかで破綻が来る」と主張。

小泉大臣も「私、同感であります」「税金も保険料も自己負担もできるだけ低く抑えたいという限り、効率化を徹底的に追及しないとこれは実現不可能であります」と答弁。私も「医療費年間28兆と一口に言いますけれども、4人家族で年間100万円であります」「それくらい大きなボリュームの部分について、統制経済があって、そしてそこを何とか効率化しようということで議論しているという基本認識に立たないと、本当の改革意欲出てこないと思う」と応じた。

医療制度の構造改革に向けた基本認識は、私と小泉厚生大臣の間で一致していた。小泉厚生大臣は、この時期出版した著書『小泉純一郎の異論・青論』でも、「この医療制度改革案を作った厚生大臣として、私は、轟々たる非難にさらされるでしょう。しかし、そのひとつひとつに、丁寧に説明を繰り返すつもりです。それは、日本の現状を考えると、これ以上の手だてがないと確信できるから言えるのです」と述べている。

しかし、小泉厚生大臣のこの決意表明にもかかわらず、改革は見事に先送りされた。一言で言えば、自民党との調整がつかなかったのである。その自民党は、日本医師会はじめ利害関係者の意見を受け入れ、抜本改革を完全に先送りしたのである。厚生省案は無視された。

平成10年6月の予算委員会で、私は「平成11年度から薬価制度の改革、診療報酬制度の改革はやるんだ、そのためには、この10年度通常国会に法案を出さなきゃいけないと厚生省が認めたはずなのに法案が出てこない」と指摘。厚生省案では、薬価制度と診療報酬制度の改革について「平成11年度から実現する」と明記されていたのである。

特に薬価制度について、「反対が製薬工業会や医師会から出ている。それに足を引っ張られて議論が混迷して、結論が出ないという現状だ。政府が方向を出した以上、いろいろな意見を説得して案をまとめるというのが政府の仕事ではないか」と詰め寄った。

小泉厚生大臣は「製薬業界、医師会から抵抗が出ております。アメリカの一部からも反対が出ております。いかに大きな改革か。しかし、12年度実施の方針は変えておりません」と答弁。平成11年度に改革し、実現する約束が、いつのまにか「12年度実施」になってしまった。そして、この12年度実施の約束さえも、結局果たされることはなかった。厚生省案は事実上白紙に戻ったのである。構造改革をやるという小泉さんの言葉が明確だっただけに、その白紙撤回は信じられない思いだった。

私が厚生委員会筆頭理事を辞めてからしばらくして、小泉さんと食事をすることになった。それまでもお誘いいただいたのだが、厚生委員会委員、ましてや筆頭理事という立場にある限りは、誤解を招きかねないとして辞退してきた。しかし、当時自民党内にあって異色の存在だった小泉さんには関心があった。

私は小泉さんに、なぜ約束の構造改革が先送りされているのかと聞いてみた。小泉さんの答えは、「負担増の法案が成立したら、その後なかなか官僚が言うことを聞いてくれなくてね」というものだった。構造改革を実行するとの約束を反故にしたことの説明を期待した私にとって、極めてあっさりした答えだった。

ようやく実現した中医協改革

平成13年5月の予算委員会において、私は民主党の政調会長として小泉総理に対する質問に立った。まず私が指摘したのが前回改革時の厚生大臣だった小泉さんの約束違反である。小泉厚生大臣が平成9年、「2兆円の負担増と医療制度の構造改革はセットであり、平成12年度を目途に改革を実現する」「薬価制度についても市場取引の実勢に委ねるという原則に立って踏み込んだ改革案を出してみたい」などと答弁しながら、その後これらの改革が何一つ実現していないことを指摘した。

小泉総理の答弁は「薬価制度の改定にしても診療報酬の改定にしても、言った方向は基本的に正しい」「当時提案された方向に向けて、せっかく総理大臣に就任したわけですから、その実現に向けて全力を尽くしていきたい。御協力も御願いしたいと思います」という率直なものだった。

前回の抜本改革先送りについて、失敗だったと反省しているのかもしれない。私は医療制度の抜本改革について、もう一度だけ小泉総理が本気で実現するつもりがあるのか見極めてみようという気になった。ここが小泉さんの上手なところであり、ある意味、私の人のいいところである。しかし、歴史は繰り返される。その後、この期待は見事に裏切られることになる。

次に私が指摘したのが中央社会保険医療協議会、いわゆる中医協の問題である。中医協は診療報酬の点数を最終決定する場で、いわば個々の医療行為や薬価に値段を付けるという極めて大きな権限を持っていた。私はその構成について、支払い側が8名、医療提供者側が8名、公益委員が4名という構成はおかしい、公益委員を過半数にすべきと主張。実は同じ質問を平成9年にも行い、小泉厚生大臣から「現在のあり方を見直していきたい。より良い構成にしていきたい」との踏み込んだ答弁を得ていた。その答弁が変わっていないか確認したのである。

小泉総理は、「答弁は同じだと思って結構です」と述べたものの、さらに確認すると「もう少し検討の時間をいただきたいと思います」と、やや後退した。

中医協は診療報酬の点数を決める場であり、分かりやすく言えば、お医者さんの所得を決める場でもある。医師会としては、中医協に代表を送り込み、その主導権を握ることで政府の医療費の改定に強い影響力を保持したい。他方で、医師会は自民党にとって最大スポンサーの1つであり、集票力を期待できる存在だった。したがって、医師会の利益に反するような改革を行うことは、政治的には大きな困難を伴う問題である。そういう中で、小泉厚生大臣が構成の見直しにまで言及したことを私は高く評価していた。何とか改革を実現したいと思いながら、小泉総理に確認のための質問をしたわけである。

このときの小泉総理の答弁は、厚生大臣当時の答弁から見ると明らかに後退していた。と言うより、中医協の改革はその後進まなかった。診療報酬改定をめぐる医師会と小泉総理の対立の構図の中で、本丸である中医協改革まで踏み込むことが出来なかったというのが実態だったと思う。

中医協の改革は、最初の小泉厚生大臣答弁から約10年後、私の平成13年の質問から5年後の平成18年の医療制度改革関連法の成立によって、不十分ながらもようやく実現した。支払い側、医療提供者側、公益委員の構成比は7:7:6となり、また診療報酬についても、中医協は社会保障審議会が決定した基本方針に沿って改定案を策定する場となり、事実上の決定機関という位置付けも多少は変わった。

実は、この中医協改革は、日本歯科医師会政治連盟(日歯連)をめぐる贈収賄事件で中医協メンバーの4名が逮捕・起訴される事件があって初めて可能になった。本来、診療報酬の原資となっているのは税金と保険料である。保険料とはいっても強制徴収であり、実質は税金と変わらない。税金を原資とする、いわば補助金の分配基準を、補助金を受け取る側が主導権を持って決めているという異常事態は、ようやく改善された。しかし、その本質が決定的に変わったわけではない。小泉総理はせっかくのチャンスを活かし切れなかったのである。

いまでも医師会や歯科医師会と自民党は選挙や政治献金を通じて極めて深いつながりがある。このようなしがらみのほとんどない民主党であれば、確実に早く中医協改革が出来たはずである。

またしても先送りされた構造改革

平成13年11月の予算委員会では、いわゆる三方一両損改革について議論した。小泉総理は診療側、支払い側、患者側それぞれが痛みを分かつ改革が必要であると主張していた。小泉総理らしい分かりやすい議論ではある。しかし、医療制度の改革を医師、患者、そして保険金支払いに当たる健保組合3者のお金の分担という次元で論じていることに、私は違和感があった。

私は質問に先立ち、基本認識として、医療というのは人間の命を預かる問題であり、そこを踏まえて議論すべきであると主張した。医療改革を関係者の損得で論ずるのではなく、患者の立場に立った改革を行うべきだと釘を刺したのである。

その上で、いままで検討された薬価制度の改革案、薬剤費の別途負担などの改革がほとんど進んでいないことを指摘した。個々の医師には立派な人たちがいるが、医師会となると多くの問題があり、その政治力を使って自民党や厚生省に圧力をかけ、これらの改革つぶしをやってきた。そのことをどう考えるかと小泉総理に質問した。

小泉総理は「果たして医師会の主張が妥当なものであるかということについて、いままでの一方からの批判も十分受け止めて、できるだけ多くの国民が理解を得られるように、いままでの御批判を踏まえて検討していきたいと思います」と答弁。小泉総理にしては、回りくどい分かりにくい答弁である。私は小泉総理が医師会の政治力を十分に知るからこそ慎重な言い方になっている、また改革先送りの可能性が大きいなと感じながら答弁を聞いた。

平成14年2月の予算委員会では、構造改革と3割自己負担の問題を再度取り上げた。私は、国民負担を3割にすることをめぐって総理と与党がもめている、抵抗勢力に対して総理が自分の意見を通していくかどうかが注目を集めているが、問題の本質は構造改革を進めるかどうかにあり、3割の自己負担がなぜ構造改革なのかと質問した。

小泉総理は「構造改革をしてから3割にするということになると、抜本改革が遅れる。抜本改革の方針と3割負担というものを同時にやることができるんじゃないかということで、改革のスピードを上げるためにこういう方針を出した」と答弁。何気なく聞いていると何となくもっともなように聞こえる答弁である。

しかし、なぜ構造改革を3割負担に先行させると改革が遅れるのだろうか。構造改革をまずやったうえで負担増をということにすると負担増が遅れる、ということなら論理的には分かる。だからこそ、私は構造改革と負担増を同時にと言っているわけである。しかし小泉総理は、改革を先行させると改革が遅れると言っているのである。全く論理的に破綻した答弁である。

私は坂口力厚生労働大臣に、3割負担増が構造改革に先行することについてどう見るかと質問。実は、坂口さんはサラリーマンの自己負担を1割から2割に引き上げた平成9年の法改正時の野党・新進党の「明日の内閣」厚生大臣であり、厚生委員会の野党側筆頭理事を務めていた私とともに、構造改革なき負担増に強く反対した1人だった。

坂口厚労大臣は、真面目な人柄もあって、大臣答弁としては珍しく率直に答弁した。

「私は、構造改革を先に行ってから、そして3割負担を決定する、こういうことを言っている。総理は、先に3割負担を決定して、それから構造改革をその間にやる、こういうことをおっしゃる」「先に(構造改革を)やったらどうですかということを申し上げていたわけですが、総理の御意見にも一理あるということで、総理の御意見に従ったわけであります」

本当は構造改革を先行すべきだったという、坂口厚労大臣の無念の思いが伝わってくるような答弁だった。

この日、政府・与党の合意で、医療保険制度の体系のあり方、新しい高齢者医療制度の創設、診療報酬体系の見直しなどの基本方針の策定を法案の附則に明記するとの方針が決定されていた。私は3割自己負担が実施される平成15年4月までに、これらの抜本改革について具体的な法案を国会提出すると約束するのか質問した。

坂口大臣は「それはやります。私が責任を持ってやりたいというふうに思っております」と明快に答弁。私が、前回改革のときには小泉厚生大臣が改革の具体案を示した「21世紀の医療保険制度」をまとめた。その中に「次期通常国会に向けて、抜本改革法案の取りまとめに努めることとする」と明記しながら、結局出来なかった。今回は本当に出来るのかと繰り返し質問した。

小泉総理は「当時は私は厚生大臣だった。総理大臣じゃなかったのです。今回、私が総理大臣なんです」「前回と全く違うし、(中略)これを是非とも成し遂げたいと思っております」と明快に答弁。小泉総理は必ず抜本的な構造改革をやってくれると国民が期待したくなるような答弁だった。しかし、私は小泉総理の発言を言葉どおりには受け取っていなかった。

その後7月には、平成15年3月までに抜本改革の基本方針を策定することを法律の中に明記した健康保険法一部改正法が成立し、サラリーマンの窓口3割負担が決定された。

果たして抜本改革、構造改革はなされたのか。総理大臣と厚労大臣がこれだけはっきりと断言する以上、構造改革がなされるとの期待も大きかった。しかし、答えは「NO」である。

平成15年の通常国会、小泉総理の施政方針演説に対する代表質問で私は、法律に明記されたように必ず基本方針を3月中にまとめる気があるのか、総理の決意を聞きたいと質問した。

小泉総理は「今年度中に基本方針を策定し、将来にわたり持続可能な制度とするため、さらなる改革に全力を挙げて取り組んでまいります」と答弁。基本方針の年度内取りまとめは認めたものの、法案についてこの国会で提出するとの言及はなかった。

結局、この国会における厚生労働委員会の最大の課題は労働基準法改正案などの労働法制関連であり、医療制度改革については、3月に「健康保険法等の一部を改正する法律附則第2条第2項の規定に基づく基本方針(医療保険制度体系及び診療報酬体系に関する基本方針について)」が閣議決定され、平成20年度に向けて実現を目指し、2年後を目途に順次法律改正に着手することとされた。またもや負担増だけが実現し、医療制度の構造改革は当然のように先送りされたのである。

これからの医療制度改革

平成18年度の医療制度改革では、75歳以上の後期高齢者を対象とする医療制度が創設されることになった。この制度の下では、保険料、現役世代からの支援(拠出金)、そして税金を財源とし、都道府県単位で市町村が加入する広域連合が運用することになった。また、国民健康保険の都道府県内の市町村間の保険料の平準化を図るための措置や政府管掌健康保険(政管健保)の公法人化などが実現することになった。

私は、今回の改革案の議論には参加していない。したがって、国会論議の詳細を承知していない。しかし一言で言えば、改革がようやく動き出したことは評価するものの、その内容は中途半端で問題があると考えている。

最大の問題は、働く世代に過大な負担をかけ、かつ制度を分かりにくくしている拠出金制度がそのまま存続していることである。そもそも、働く世代と高齢者という異なる被保険者集団であるにもかかわらず、なぜ働く世代の保険料を財源とする拠出金によって高齢者医療が運営されるのだろうか。また、保険料の半額を負担する企業にとっても、なぜ自分の会社と関係のない高齢者の負担をしなければならないのか、株主に対して説明不能だと思う。

拠出金制度は、保険制度の趣旨を超えて、安易な負担を働く世代と企業に求めるものである。しかも、今後も高齢者の増加に伴い、その医療費の割合は増加していく。保険料の過半が拠出金の支払いに充てられてしまうとすれば、制度として不透明であり、自律的な保険制度のメリットが失われてしまっている。保険料とはいえ実質的には税であるにもかかわらず、本来、税に対して求められる厳格な租税法律主義も適用されることなく安易に保険料の引き上げ、すなわち増税が行われることになる。保険料ではなく税でまかなうことが正しい選択である。

私は、高齢者医療制度については税を中心に、これに自己負担と保険料を加えて運営することとし、拠出金制度は廃止する、その代わり、健保など働く世代の医療保険制度については、年齢構成や所得分布によるリスク構造調整を行うことを前提に、保険料と自己負担のみで運営する、という基本的な考え方で大きな改革を行うべきと考えている。保険料率については、それぞれの保険者が自らの財政状況に応じて自由に設定するという形を取ることで、効率的な運用のインセンティブを与えるべきと考えている。

運営主体は、健保についてはもちろん健保組合であるが、国保と政管健保は中核市や政令指定都市単位の法人とし、その他の市町村分については都道府県単位の法人にしてはどうかと考えている。それぞれの運営主体には、合理的な理由に基づく病院の選択や医療費が適正かのチェック機能が発揮されるような権能を強化する。また、医療病院の実情や運営主体の経営内容などの情報公開を徹底することで、効率的な運用のための競争が始まることを促すことも必要である。さらに、これらの情報公開を適正に行うために、徹底した情報の電子化を時間をかけずに実現しなければならない。

いずれにせよ、いままでなかなか実現しなかった医療制度の構造改革がようやく動き出した。しかし、平成9年の厚生省案発表からすでに9年が経過している。いかに構造改革が先送りされてきたかということである。そして、この改革先送り最大の責任は、厚生省案作成当時に厚生大臣であり、その後総理大臣を務めた小泉さんにある。いままで国会で小泉さんが発言した改革実現に向けての決意の言葉と9年間の先送りという現実のあまりの落差に愕然とする。小泉改革のいい加減さの象徴の1つが医療制度改革への取り組みだったと思う。

負担と給付の関係が分かりやすく、かつ市場原理が部分的にせよ機能する医療制度の構造改革を実現することで、効率的かつ患者の立場に立った医療が実現する。医師など現場にいる人々の声には十分耳を傾けながら、しがらみに囚われることのない改革を実現することが求められている。

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