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第2章 テロとの闘いからイラク戦争へ
日本にとって米国との関係をどう考えるべきか。日本の政治に責任を持つ政治家であれば常に直面する重要な、そして大きなテーマである。
日本にとって、米国は大きな存在であり続けた。戦後の民主主義の基本的枠組みは、米国の占領時代につくられた。そして、戦後の日本経済が自立するにあたって、米国は良きサポーターであり、巨大な市場でもあった。今日の日本の民主主義、経済の強さ、国民生活の豊かさは米国に負うところが大きいことは、紛れもない事実である。私も米国に感謝しているし、米国生活を経験した1人として、米国の素晴らしさを知っているつもりである。
日本の産業が自立し、競争力が強化されるに伴って、日米貿易摩擦が激化し、政治問題になった。一時期、日米問題とは経済摩擦の問題を意味していた。私も通産省時代に知的財産権やエネルギーの日米交渉を担当した経験を持つ。しかし、経済については、その環境が大きく変わった。例えば、日本の輸出市場としての米国の位置付けは15年間で32%から23%に下がり、アジアは31%から48%に上昇した。経済的には、日本は米国依存の時代から自立の時代に移行したと言える。米国にとっても、日本との経済関係はアジアとの経済関係の1つという位置付けになったと思う。
日米経済関係の比重低下の中で、近年目立って重要視されてきたのが、安全保障面での協力である。
日本および極東の平和と安全のための日本安全保障条約締結に基づく日米安全保障体制は、米軍に日本を守ってもらい、日本自身の安全を確保することの見返りに、日本のみならならず極東地域全体で米軍が活動するための基地を日本が提供するという性格を持っていた。
しかし現実には、米軍の活動領域は次第に極東にとどまらないことになった。そのことを明確に認め、在日米軍や在日米軍基地の役割をアジア太平洋地域に拡大したのが、平成8年の橋本・クリントン日米両首脳による「日米安全保障共同宣言――21世紀に向けての同盟」である。
ここでは日米安保条約と日米安保体制を明確に区別し、日米安保体制とは「共通の安全保障上の目標を達成するとともに、21世紀に向けてアジア太平洋地域において安定的で繁栄した情勢を維持するための基礎」と定義された。このことによって、在日米軍基地が日米安保条約に基づく極東の平和と安定のためだけでなく、広くアジア太平洋地域において活動する米軍のための基地という性格を併せ持つことが再定義されたのである。
そして、日米安保体制の中にあって、自衛隊の果たすべき役割についても、新たな役割が付与された。すなわち、その後の周辺事態法の制定によって、日本の周辺であって日本の平和と安全に重大な影響を及ぼす場合の自衛隊の活動の法的根拠が与えられた。ただし、自衛隊が行うのは「後方地域支援活動」に限定された。戦闘地域とは一線を画した後方地域で米軍の支援活動を行うということとし、憲法の禁じる海外における武力行使との線引きを行ったのである。
私の実感では、この時点までは従来の憲法解釈や政府の国会答弁との整合性を持った論理的説明がなされることが重視されていたと思う。実態に合わせて論理構築するために現実を離れた論理が展開される嫌いはあったにせよ、内閣法制局や外務省条約局は論理的に説明しようと努力し、答弁を行っていたと思う。
しかし、小泉総理の登場によって風景が一変した。少なくとも、それまでの国会や政府内における憲法との整合性や論理を重んじる議論が影をひそめ、とにかく日米関係は大切だという掛け声が優先するようになった。
その背景にあるのが、2001年9月11日のテロ発生と、それに伴うブッシュ大統領のテロとの戦争宣言であることは明確である。しかし、より決定的だったのは、平成15年5月、ブッシュ大統領の牧場クロフォードで、ブッシュ・小泉両日米首脳が「世界の中の日米同盟」を宣言したことである。その後、この言葉がどんどん独り歩きした。いつの間にか日米同盟は世界規模のものとなり、世界の中の日米同盟の旗の下で自衛隊はイラクにまで行くことになった。この間、明確な説明がなされることはほとんどなかった。
私にとっても、小泉総理の不毛な議論の繰り返しに悩み、同時にこれからの日米関係をどうすべきか常に考えさせられた5年間だった。
平成13年5月、予算委員会において、小泉総理が誕生して初めての外交・安全保障論議を行った。私がまず、「1月に新任したブッシュ大統領との日米首脳会談が行われるとすれば、何を一番話したいか」と問うたのに対し、小泉総理はこう答えた。
「戦後の平和と発展は日米友好関係の基礎に成り立っている、今後とも日米安保条約を堅持して、この日米安保条約が有効に機能し、日米協力が緊密であればあるほど、隣国を初め各国との協力関係が発展できるのではないか」「一部には、日米関係が多少損なわれても、ほかの関係国との協力関係を深めていけばいいのではないかという議論がごく一部にありますが、私はそういうことは断じて考えていない」
ここで注目すべき第1は、このときすでに「日米関係がうまくいけばいくほど隣国との関係もうまくいく」という、小泉総理の考え方が示されていることである。平成17年11月に小泉総理はブッシュ大統領の来日にあたり、「日米関係が良好であるからこそ、中国、韓国、アセアンなどをはじめ各国との良い関係が維持されてきている」と同趣旨のことを発言し、物議を醸したが、すでにその4年前に同じことを発言していたのである。しかし、このときは私も特に違和感なく総理の発言を聞いていた。
むしろ私が気になったのは、総理の言葉の曖昧さである。総理は所信表明演説では「日米安保体制」という表現も使っていた。今回は「日米安保条約」と「日米友好関係」。それぞれの言葉の持つ意味は明らかに異なる。総理がそのことを意識せずに使っているように思えたのである。私はそれぞれの言葉の持つ意味をまず質問した。
総理「大枠の中で考えていただきたい。日米友好関係の中には、安保条約が有効に機能しないと友好関係は保てない、友好関係は大事だということを重点的に言ったということを御理解いただきたい」
岡田「所信表明演説の中で、総理は日米安保体制がより有効に機能するように努めるというふうに言われておりますが、そのことの具体的意味をお教えいただきたい」
総理「日米安保体制というのは日本とアメリカの安全保障を考える上において最も重要なものでありますから、これが有効に機能するようにその場その場でお互い協力していく」
岡田「日米安保体制がより有効に機能するよう努めるということは、現状を変えたい、そういう総理の具体的な意図が含まれているかと思ったんですが、具体的なものはないということですか」
総理「いろいろ細かいことまで言われますが、それは日米友好関係がより発展するという意味と同じですよ」
この質疑を通じて、小泉総理は「日米友好関係」という安全保障論議の中ではあまり聞き慣れない表現を使い、また、「日米安保体制」と「日米安保条約」という異なる言葉を区別せずに使った。いままでの国会における日米安全保障論議の前提としてきた基礎的概念や論理が小泉総理は理解できていないのではと不安になった。
所信表明演説の原稿に官僚が盛り込み、小泉総理が本会議で演説した「日米安保体制がより有効的に機能するよう努める」という表現も、その意味を小泉総理が十分に理解しているとは思えなかった。いままで安全保障分野に関する発言がほとんどなく、素朴な日米友好論者であった小泉総理。その小泉総理が9.11テロをきっかけに、その後「世界の中の日米同盟」にまで踏み込んだのだから分からないものである。
それにしても、安全保障論議を行ううえで、その基本となることについて質問したのに対し、「いろいろ細かいこと」と言われたのには参ってしまった。本当に印象的な、しかしその後の不毛な議論を予想させる小泉総理との外交・安全保障論議のスタートだった。
平成15年2月の通常国会本会議代表質問で、私は前年9月に明らかにされた、米国の国家安全保障戦略、いわゆるブッシュ・ドクトリンを取り上げた。ブッシュ・ドクトリンは、国家ではなくテロリストによる攻撃など新たな脅威に対して、伝統的な抑止力は通用しないとして、米国の単独行動・先制攻撃を辞さないことを強調していた。注目すべき主張だった。
岡田「国連憲章第51条は、他国による武力攻撃が発生した場合に自衛権の行使を認めつつも、基本的には安保理の決議によって武力攻撃を行った国に対して制裁を行うことで世界の平和を維持することになっています」「ブッシュ・ドクトリンは、国連を中心とした世界の平和維持の仕組みと明らかに矛盾するものであり、重大な提案です」「ブッシュ大統領の単独行動、先制攻撃容認論に対して、小泉総理はどう考えているのでしょうか。このような重要な提案に対して沈黙を続けるようでは、本当の意味での同盟国とは言えません。私が総理の立場なら、大統領に再考するよう求めます」
総理「我が国として、他国の国際法の解釈につき有権的に評価する立場にはありませんが、脅威への先制的対処のため必ず武力を行使するとしているわけではなく、先制を侵略のための口実としてはならない旨を明記しております。いずれにせよ、米国は国際法上の権利及び義務に合致して行動するものと考えます」
今後何度も繰り返されることになる思考停止の答弁である。先制攻撃がなされるとすれば問題だと私が指摘しているのに対し、「必ず武力行使するとしているわけでない」と総理は答弁した。先制的に武力行使した場合はどうなのかという問いに対して、何も答えていない。先制攻撃が国連憲章や国際法上問題なのではないかとの問いに対しても、「国際法に合致して行動すると考える」と、何の根拠も示さずに期待を表明しているだけである。
この質疑は本会議代表質問だったので突っ込んだ議論はできなかった。しかし、明らかにいままでの国際ルールを変えると宣言しているブッシュ・ドクトリンに対して、米国は国際法上の権利・義務に合致して行動すると考えるという答弁は、正面から答弁しようとしない、いかにも不誠実なものだった。
もちろん、米国は従来から自国が必要と判断すれば単独で相手国を攻撃してきた。民主党のクリントン政権においても、限定的とはいえ、スーダンに対するミサイル攻撃などを行った。そして多くの場合、国際社会から国連による安全保障の枠組みを壊すものであるとの批判がなされてきたのである。
今回ブッシュ大統領は、テロという新たな脅威に対して、先制攻撃・単独行動を正面から正当化するという新しい戦略を打ち出した。多くの国々がこのブッシュ・ドクトリンに疑念を表明した。しかし、単に批判するだけでは新たな事態に対応できないことも事実である。
これを機会に、先制攻撃を国際社会は認めるのか、そして認める場合の要件は何なのか、国連はどう関与するのかなどの議論を行うべきだった。現に、アナン国連事務総長の下に設置されたハイレベル委員会はじめ様々な議論が始まっている。いままでの国際安全保障の枠組みに重大な影響を与える問題であるとの認識が共有されていたからである。しかし小泉総理は、これらの議論から完全に逃げてしまったのである。
平成15年11月の予算委員会では、日米関係について2つの問題を取り上げた。
私はまず、核関連の問題を取り上げた。最初に指摘したのは、イランの核疑惑の問題である。独仏英3国の外相がイランに行き、IAEA(国際原子力機関)の追加議定書にイランが署名するというニュースが報じられた直後だった。
「イランと日本の今までの関係からすれば、日本の外相がやってもいい仕事だった」「日本としては、何のために今までイランとの関係をしっかりつくってきたのか」
米国政府が小型核兵器開発に予算を付けたことについても指摘をした。
「日本の伝統的な外交の中で、核軍縮というのは非常に大きなウェートを持ってきた」「しかし、アメリカの小型核開発に対して日本政府がどう述べたのかというのは聞こえてきません」
私がここで言いたかったのは、いままで日本が独自に展開してきた対中東外交や核軍縮問題への取り組みなどが、日米同盟重視の影に隠れてなおざりになっているということである。
岡田「これでもしブッシュ大統領がかかわるようなことがあれば、日本外交に何も残りませんよ。余りにもバランスが崩れていると思いませんか」
総理「私は、民主党の方がバランスが崩れていると思いますね」「民主党の外交感覚を疑っている。これでどうして日米同盟、国際協調体制を築いていけるんですか」
私が聞いたのは、日米同盟が大切なことは分かるが、ブッシュ政権は国際社会との摩擦を必要以上に大きくするなど、いままでの米国の政権と比べ突出している。これまでの日本外交とも明らかに矛盾している面がある。そのブッシュ政権との距離の取り方を再考すべきではないかと指摘したのである。小泉総理は私を批判するばかりで、何も答えていない。
次に私は、米国がイラクの占領政策を大きく変えたことを取り上げた。まず憲法を作り、その上で選挙を行ってイラク国民による政府をつくるという当初の考え方から、暫定議会、移行行政機構を早期につくり、その後、憲法や本格的な選挙を行うという方針に変更したのである。
岡田「総理はどっちの考え方がいいと思うんですか」
総理「日米同盟と国際協調を両立させるということは、今までも、現在も、将来も、日本にとって変わるべきでない基本的な、重要な外交政策だと思っております」
全く質問外の答弁である。官僚作成の別の想定問答に対する答えを誤って読んだためか、全く噛み合っていない。私はブッシュ政権の対イラク占領政策の大転換、すなわち、まずイラク人による暫定政府をつくることを優先するという考え方に変わったことに対する小泉総理の賛否を問うたのである。全く答えはなかった。いや、答えられなかったのかもしれない。
私は、今回の米国のイラク政策の転換は評価すべきところがあると述べたうえで、「総理はいつもアメリカの言うことに、イエス、イエスと言っているから、いまの質問に答弁できなかった」「もし大統領がかわり、政策転換があったときに、またイエス、イエス、と言うんですか」「結局その時々のアメリカの政権に対して100%イエスと言い続ける、それが本当に独立国なんですか」と問い詰めた。
やや感情的になったかもしれない。ただ、私が主張したかったのは、米国の単独行動や核の開発に対して何も言えない日本政府、そして日米同盟を重視するあまり中東や中国との外交関係がなおざりになっていることへの警鐘だった。国連重視の外交、核軍縮・核不拡散への強い思い入れ、イラン外交はじめ中東における独自路線、そしてアジア重視の外交など、日本外交の基本としてきたものがあまりにも議論なく捨て去られようとしていることへの危機感からだった。
とにかく米国について行けばいいとの極論を言う人もいる。しかし、米国も多様である。その米国が大きく方針転換したときにどうするのだろうか。そのときも、いままでのことは忘れて米国の新しい政策に追随すればいいと言うのだろうか。それでは日本の外交はないのも同じである。まず日本の国益があって、その実現のために米国との関係を大切にするという正常な外交関係に戻すべきだという思いからの議論のやり取りだった。
平成16年2月の予算委員会で、ブッシュ政権の推進している小型核の開発、劣化ウラン弾の使用、地雷問題への積極的取り組みについて質問した。特に地雷の問題について、私には特別の思いがあった。
小渕元総理が外務大臣時代、対人地雷によって多くの子どもたちが命や足を失っている現状を改めようと「犠牲者ゼロ・プログラム」を提唱した。このことは、私の印象に強く残っていた。この小渕外務大臣のリーダーシップが一因となって、米国が消極姿勢を見せるなか、地雷禁止のための対人地雷全面禁止条約、いわゆるオタワ条約が成立した。
私は、小泉総理を見ていて、小渕さんのような姿勢が見えないと指摘。「結局はアメリカのやっていることに対して見ざる聞かざる言わざる、基本的に追随をしていくという姿勢。日本国総理大臣としての誇りを持って、そしてしっかり対応してもらいたい」と発言した。
劣化ウラン弾についても、「総理はサマワに自衛隊を送り、子供たちに水をと言われるが、イラク戦争、湾岸戦争で使用された劣化ウラン弾によって子供たちが影響を受けたことをどう考えているのか」と質問。
小泉総理は具体的な答弁をしようとしなかった。川口外相が慌てて、「総理のリーダーシップのもとで小型核、地雷の問題について、米国に懸念ないしは地雷の場合はオタワ条約に入るように働きかけをしています。劣化ウランについては、引き続き今後の動向を注視している、そういう状況にあります」と答弁した。米国との対立点を含んだこれらの問題について、あえて米国との関係に波風を立てたくないと小泉総理が思っていることは容易に想像できた。小渕元総理との違いは明らかだった。
一連の私の質問は、日米同盟重視の立場に立ちながらも、私の感じていた小泉総理の外交姿勢に対する疑問、すなわち日米同盟重視の影であまりにも重要な問題が放置され、その結果として、日本に外交はあるのかという状況になっていることへの危機感に基づくものだった。
日米同盟重視の立場に立つことは、当分の間、日本外交の基本であり続けると確信している。しかし、日米同盟を重視することと、米国に一方的に依存することは明らかに異なる。加えて、ブッシュ大統領の外交・安全保障政策は独りよがりで、国際社会の中で多くの批判を浴びていた。
日本には日本の国益があり、それを反映した外交がある。米国も同じである。しかも政権が交代すれば、外交政策の方針も変わる。長期的視野と大局観に立った日米同盟でなければならないとの思いが私には強かったのである。
平成15年12月、イラク特別委員会において私はまず、小泉総理が記者会見において、イラクへの自衛隊派遣決定に際して、日米同盟と国際協調の両立を強調したことを取り上げた。私は「具体的にそれは一体何を言おうとしたのか、私にはわかりませんでした。まず、御説明いただきたい」と質問した。
小泉総理はまず、「日米同盟と国際協調は、相反するものじゃありません」と答弁した。もちろん、米国が国際協調の中で政策実現しようとする、その中で日本も協力するという形が望ましいことは言うまでもない。しかし、米国が国連や国際協調を軽視し、単独行動を強調していることが問題なのである。
小泉総理は次に、日米同盟の重要性を強調した。「日本にとってアメリカは唯一の同盟国であります。アメリカにとっても、日本というのは信頼に足る同盟国でなくてはいけません。そういうことを考えて、お互いの信頼関係を深めていくような協力体制を形づくっていく」
国際協調については、「日本にとっては、世界各国と経済関係、相互依存関係、相互互恵関係を持っておりますので、これからますます、日本と国際社会と歩調を合わせながら、国際社会の中で日本が責任ある一員としての役割を果たしていかなきゃならない」と答弁。私の質問に対してほとんど何も答えていない。
私は、イラク問題でも国際世論が分かれているなかで日本は明らかに米国側に立っている、小泉総理が国際協調と言っている意味が分からない、と発言した。この質疑の中で、日米同盟と国際協調いずれもが必要と言いながら、頼りになるのは日米同盟という小泉総理の本音が明らかになった。
総理「日本は一国で核兵器を持つ気はない、フランスみたいに。ほかの国と安全保障の、NATOみたいな相互安全保障条約も持っていない。同盟関係を持っているのはアメリカとだけなんです」
小泉総理の論理も分からなくはない。アジアにおいてはNATOのような集団安全保障の枠組みは現在存在しないし、近い将来できることも考えにくい。国連の仕組みは、中国が拒否権を持っていることを考えると、アジアにおいては機能しない場合があることは考えておかなければならない。
しかし、だからといって「米国との同盟関係だけ」だと短絡的に考える必要はない。必要なことは日米同盟関係を有効に活用するという発想であって、同盟国である米国に一方的に依存することではないはずである。
次に私は、「世界の中の日米同盟」について本質的な質問をした。
岡田「日米同盟という言葉のもとでイラクに自衛隊を出すということは、いつから日米同盟の範囲がグローバルな、全世界的なものに拡大したんですか。何を根拠に総理はそうおっしゃっているわけですか。そこをお聞きしたい」
総理「私は、今回、イラクに自衛隊を派遣するのは、日本の国家利益にかなっていると思うから派遣しているんです。その国家利益というのは、日米同盟、国際協調、両立させるというものも含んでおります」
岡田「今回のイラクに自衛隊を出すということはかなりそこから飛び越えているわけです。新たな日米共同宣言もなくて、アメリカが言うんであれば自衛隊を、もちろん憲法の枠の中だという前提はつくにしても、どんどん自衛隊を出していくという、日米同盟が今までと違ってきているということについて、総理は全く説明責任を果たしていないじゃないですか」
総理「これは戦争じゃないんです。集団自衛権の問題でもないんです」「(イラクに民主的な安定した政権をつくることは)日本の国家利益にかなうと思っている。同時に、日米同盟、お互い日米間の信頼関係を醸成させるのにもかなう」
岡田「自衛隊のイラク派遣について日米同盟を強調されたのは総理自身なんですよ。だから、私は、いつの間に日米同盟というのがそれだけ広がったんですかということを申し上げているんです」
総理「日米同盟は大事であります。今までも、日米同盟のためにもやる、国際協調のためにもやる、日本国全体の利益を考えてもやるということであります」
例によって、全然質問に答えていない。そして突然、小泉総理は問題をすり替えた。
「日米同盟を重視しなくて政権をとろうと思っているんですか、民主党」「日米同盟を否定して民主党が本当に政権をとれるのか。これは非常におもしろい議論ですよ」
この日の日米同盟に関する議論はここで終わった。小泉総理は世界の中の日米同盟についても、そして、その日米同盟を理由にイラクに自衛隊を送る判断をしたと自ら発言したことについても、結局何の説明もしなかった。
平成17年の民主党代表としての通常国会本会議代表質問において、「世界の中の日米同盟」について、かねての疑問に踏み込んだ。
岡田「米国との政治、経済、安全保障面でのしっかりとした関係は、日本にとって極めて重要です。しかし、小泉総理の好んで使われる『世界の中の日米同盟』という言葉については、私は違和感を覚えています。同盟とは基本的には安全保障の問題であり、安易な言葉遣いは日米安保を世界規模に拡大することにつながりかねません。世界の中の日米同盟とは具体的に何を意味するのでしょうか」「米軍再編問題に関連して、日米間で戦略目標の共通化の議論がなされています。中東地域まで含むいわゆる不安定の弧が日米共通の戦略目標となるとすると、日本の中東外交に大きな転換を強いることになるのではと危惧をしています」「先制攻撃や国連を軽視した単独行動主義、有志連合を強調する米国と、自衛隊を活用した安全保障協力を深めることには、慎重さが求められています。総理は、日米安保共同宣言を考えているのでしょうか。その地域は、アジア太平洋を超えたものとなるのでしょうか。国連との関係はどうでしょうか。答弁を求めます」
総理「世界の中の日米同盟とは、日米両国が、政治、安全保障、経済を含む幅広い分野において、世界のさまざまな問題の解決に世界の各国と協調しながら取り組んでいく協力関係を意味しております」「我が国が中東諸国や米国を含む国際社会と緊密に連携して、イラク復興支援や中東和平問題などに積極的に取り組むとの方針に変更はありません」「新たな日米安保共同宣言の策定について日米間で検討を行っていることはありません」
代表質問はあらかじめ質問通告がなされているので、いずれも官僚が答弁書を作成し、小泉総理がそれを棒読みする。私が聞いたのは、同盟というのは基本的には安全保障上の概念であり、日米同盟の名の下に、中東地域や世界中どこででも自衛隊が米軍の協力を行うことになるのではないか、かつ国際社会と協調的でない米国との安保体制協力には慎重な対応が必要だというものだった。
これに対して小泉総理は、日米同盟とは政治、安全保障、経済を含むものだと答弁した。問題は世界、そして米国自身の認識である。「日米同盟強化」という言葉には、安全保障面での協力を強化するとの意味を込めていると考えるのが常識ではないだろうか。日本と米国で「世界の中の日米同盟」ということの具体的な意味について、異なる解釈をしているとすれば大変なことになる。同時に小泉総理は、日米両国が世界の各国と協調しながら取り組む協力関係だと答弁した。しかし、その米国が世界と協調的でないから問題なのである。ほとんどまともな答弁は返ってこなかった。
平成17年2月の党首討論でも、日米安保体制と同盟関係の問題を取り上げた。党首討論という限られた機会である。もっと国民の関心が高いテーマ設定をすべきだという意見も強かった。特に、私が民主党代表に就任後初めての本格的通常国会、そして、結果的に最後の国会となるこの国会では、党首討論の機会がなかなかつくれないでいた。
本来、党首討論は国会活性化の目玉として位置付けられていた。しかし、いつ開かれるかは直前にならないと決まらなかった。毎週は無理で2週間に1回必ず開くということになれば、国民の注目度もより高まるはずだと思う。
私は、党首討論の4日前に日米安全保障協議委員会、いわゆる2プラス2でなされた共同発表がなされ、日米両国の共通の情勢認識、共通の戦略目標について合意したことを評価した。その上で、この共同発表の中にある「国際テロへの対応というのは日米共通の戦略目標である」という表現を取り上げ、「自衛隊はどのような役割を果たすのでしょうか。米軍に対してどういう協力を行うことを想定しているのでしょうか」と質問した。
総理「今後、自衛隊が武力行使をしない、また戦闘行為に加わらないという形でどういう役割を果たすことができるかという点については、今後不断に私は勉強していかなきゃならない課題だと思っております」。
日米共通の戦略目標であると共同発表しながら、その内容は「今後不断に勉強していかなきゃならない」という総理の答弁には呆れてしまった。本当に必要だと思うなら、どうして国民に対して率直に説明しようとしないのか。
次に、国連決議と日米同盟の関係について基本的な質問をした。
岡田「国連決議がない場合の日米協力、そこにおける自衛隊の役割ということに対して、総理はどうお考えなんでしょうか」「日米間で数ヵ月の間に協議していくというなかで、日本国内閣総理大臣として、そこをどう考えるかということを国民に対して明確にする必要があると思うんです。いかがなんでしょうか」
総理「国連の決議を尊重していくと、また国際社会の動向を十分踏まえていくと。国際協調体制を取っていくということは、日米同盟と国際協調を両立させていくということですので、そういう方針を今後とも堅持していきたいと思います」
注意深く聞くと、国連決議を尊重するとは言っても、国連決議を常に必要とするとは言っていない。
岡田「国連決議がないときに、日米協力という枠組みの中で後方支援などの形で自衛隊が出て行くことを総理は想定しておられるのか、そこを私は問うている訳です」
総理「国連決議がないような事態をどういうふうに想定しているか。漠然とした形でどうかと言われても、今そういう点についてどういう対応をするかというのは、私は控えたいと思います」
岡田「アメリカは、単独行動主義、つまり国連決議がなくても行動することを前提にしています。だから、幾らでもそういうことは想定される。そのときに日本はどうするのかということを私は問うているわけです」
いま考えると、この質問を何度も繰り返すべきだった。しかし、限られた時間の中で、私は先を急いだ。最後に、この質問にもう一度戻るつもりだった。
岡田「ブッシュ大統領の先制攻撃論に対して、これを是認するのか、それとも慎重にと考えるのか、そこをまずお答えいただきたい」 ここで小泉総理は、2002年のパウエル国務長官の発言を引用し、長々と読み上げ始めた。先制概念は限定的なものであり、国連や米国の同盟国との関係と矛盾しないとの趣旨の発言である。しかし、その国連のアナン事務総長が、米国の先制攻撃について「世界の平和と安定を58年間保ってきた国連憲章の原則に対する根本的な挑戦だ」と発言していたのである。パウエル国務長官も国務省をすでに去っていた。ネオコンとの対立が国務長官交代の一因とも言われていた。パウエル長官の発言をもって米国政府の見解とすることには無理があった。
党首討論では、小泉総理が過去の答弁や文書を長時間読み上げることが続いていた。このときも時間切れが迫ってきていた。嫌なことを質問されたので、時間稼ぎしたとしか取れない長い答弁だった。最後に残された数分間で質問した。
岡田「先制攻撃論はアメリカ、ブッシュ政権の安全保障理論の根幹です。東西冷戦のときの抑止論がテロリストには使えない、しかもテロリストが大量破壊兵器と結びつく可能が高まっている。だからこそ、先制攻撃が必要になるとの論理に立脚するものです。この問題について小泉総理はブッシュ大統領とまじめに議論したことあるんですか。この問題を日本がどう考えるか、日米間で根本戦略が違っていて、形だけの共通戦略目標を議論していてもどこかで大きな食い違いが必ず出てきますよ。そこの根本論をしっかりすることが、本当の日米同盟じゃないですか」
総理「決して一方主義的でも先制概念を中心にしているものでもない、NATOや国連を含む同盟国とパートナーシップを重視する、これははっきりアメリカも言っているわけです」「しかしアメリカ自身が自分の国が脅威にさらされる場合、自国民の安全を確保するために、アメリカはどう対応するか。それは国連決議を必要とするのか、自衛権の発動をするのかというのは具体的事例が出てこないと分かりません」
岡田「まさしくいろんな事態が考えられるからこそ、あらかじめ日米間で、ここまでは協力できる、しかしそれ以上はできないということをはっきりしておかなければいけない。小泉総理を見ていると、どんどんアメリカに引きずられていくだけだからこそ、私は申し上げているわけですよ」
私が言いたかったのは、まず、単独行動・先制攻撃を強調する米国に対して、日本政府はこれを全面的に容認してはいないはずである。少なくとも、米国も国連決議を尊重するはずと繰り返し述べてきた。そうであれば、基本的な考え方が違うなかで「世界の中の日米同盟」を強調することは、どこかでその矛盾がごまかせなくなるということである。小泉総理の答弁は、米国は単独行動・先制攻撃を中心にしているのではない、しかも具体的な米国の行動は、そのときにならないと分からないというものである。米国の新たな脅威に対して先制攻撃を肯定したブッシュ・ドクトリンをことさら自分の都合のいいように解釈し、かつ具体論に触れないことで矛盾の顕在化を先送りしているに過ぎない。こんな逃げの姿勢で本当に日米間の信頼は高まるのだろうか。そして、日本の国益は守られるのだろうか。
平成18年5月、日米両国の外務・防衛担当大臣による日米安全保障協議委員会の共同発表がなされた。この中で、日米安全保障関係を中核とする日米同盟は、「日本の安全およびアジア太平洋地域における平和と安定にとって不可欠の基礎であり、地域における米国の安全保障政策の要」であることを確認した。同時に、日米同盟が地域および世界の平和と安全を高めるうえで極めて重要な役割を引き続き果たすよう協力を拡大することを確認した。
同年6月、小泉総理は最後の訪米を果たし、ブッシュ大統領とともに「新世紀の日米同盟」を発表した。この中で、21世紀の地球的規模での協力のための新しい日米同盟が宣言された。すなわち、日米両国は共通の価値観と利益に基づき、政治・安全保障・経済の面での2国間協力を推進することの重要性を協調し、「世界の中の日米同盟」が一貫して建設的な役割を果たし続けるとの認識を共有するとした。
「世界の中の日米同盟」「新世紀の日米同盟」「21世紀の地球的規模での協力のための新しい日米同盟」、様々な表現が使われている。まるで言葉のインフレーションのようである。しかし、大切なのは中身である。特に、これからの安全保障面における日米関係というものをどう考えるべきなのか。
私はまず、日本にとって米国の存在は極めて重要であると考える。仮に「日本にとって最も重要な2国間関係はどこの国か」と問われれば、私は躊躇なく「米国」と答える。
ただし、例えば米国を取るかアジアを取るかといった議論は不毛だと思う。日本の政治家として日本の国益と日本人の利益の確保を最重視する立場からは、国益の実現ということが前提としてあって、その具体化のための手段として、米国やアジアとどう付き合うかということであるはずである。
例えば、「アジア重視」と言うと、「米国との関係がどうなってもいいのか」との短絡的な反論がなされる。あまりに主体性を欠いた議論だと思う。自立した日本があっての米国との関係であり、アジアとの関係である。その意味で、決して「米国かアジアか」ではなく、「米国もアジアも」であるべきと思う。
特に、安全保障の問題を中心に考えたときに重要なのは、「自立した日本」である。私が考える「自立」は、「自主防衛」という意味ではない。自立した日本と米国との間の日米同盟の再構築を目指すということである。
「自立した日本」ということの具体的意味は、第1に、いまだに米軍が占領軍であった時代の名残を引きずる日米地位協定や、基地使用にあたっての事前協議制度を改めることである。第2に、いまのブッシュ政権の特徴でもある単独行動主義や先制攻撃の積極的容認など、あまりにも国際協調を軽視した外交姿勢について、日本の考えを述べ、場合によっては適切な距離感を保つことが可能なようにしておくことである。
以上のいずれの意味においても、事前協議制度を抜本的に改めることは重要なテーマであり、本来であれば、米軍再編の中で議論されるべきだったと思う。日米安保条約第6条(基地の許与)の実施に関する交換公文、いわゆる「岸・ハーター交換公文」において、日本の在日米軍基地から直接出動する場合の事前協議が定められている。しかし、直接出動の範囲を狭く考えることで、いままで在日米軍の活動が事前協議の対象となったことはない。交換公文は事実上空文化しているのである。
加えて、日米安保条約そのものに基づく基地使用ではない、アジア太平洋地域の平和と安定のための基地使用が事前協議の対象となるのか否か明確ではない。事前協議制度を定めた交換公文が、日本および極東の平和と安全の維持のため米軍が基地使用できると定めた日米安保条約第6条に関するものであることを考えると、アジア太平洋地域の平和と安定のための基地使用は論理上対象外と考えざるを得ないかもしれない。しかし、米軍が戦闘作戦行動を行うに際して、日本領土の一部にある在日米軍基地が使われながら、その適否について判断すら行うことができないというのは、自立した国家として本来あり得ないことではないだろうか。事前協議制度の再構築とその根拠となる国内法の整備が必要である。
軍に協力する自衛隊の活動範囲をどうするかが次の問題である。周辺事態に該当しない場合に、例えばアジア太平洋の平和と安定のために、あるいはさらに世界の平和と安定のために、憲法の禁じる武力行使に至らない範囲で自衛隊が海外で活動することを認めるべきだろうか。
私は、あくまでも国連安保理の決議がある場合ということを前提に、国会の事前承認の下で自衛隊の世界規模での活用を考えるべきだと思う。国連の決議がない場合は、たとえ武力行使に至らない場合でも、自衛隊の活用には慎重であるべきだと思う。「世界の中の日米同盟」の掛け声の下で、国連決議がないままに自衛隊を世界中に送ることには反対である。
以上のような私の考え方に対しては、日米同盟といっても、その実態は米国が一方的に日本を守るという片務的なものであり、米国に注文を付け過ぎると同盟関係が存続しないとの批判があると思う。しかし、日本は沖縄はじめ大きな犠牲を払いながら米軍基地を提供している。世界に例がない財政負担もしている。核兵器を持たないことも明言している。それらのことは、米国にとって大きなメリットである。日本のみが恩恵を受けていると卑屈になる必要はない。
日本と米国は自由と民主主義という価値観を共有している、だから日米同盟は重要だと指摘されることがある。それはそのとおりである。しかし、だから米国との意見の不一致があってはならないとは考えるべきでない。本来、自由や民主主義は1つではなく多様なものであり、その多様さが尊重されなければならない。米国の中においてさえ、多様な考え方がある。ましてや日米間ですべてが一致するはずがないのである。
平成18年6月、自身最後の訪米で小泉総理は、「『真昼の決闘』の主役を演じたゲーリー・クーパーは味方もなく1人だったが、アメリカは違う。アメリカには常に日本という味方がいる。日本は常にアメリカの側に立つ」と演説した。しかし、小泉総理が念頭においた米国とは、ブッシュ大統領の米国であり、いまやアメリカ国民の大半はブッシュ大統領を支持していない。多くの米国民は、小泉さんのパフォーマンスを複雑な思いで見つめていたのではないだろうか。
小泉総理の下で日本外交の幅があまりにも狭くなってしまった。具体的には、アジアや国連を重視するという外交が失われた。その結果として、日本外交は単なる米国外交の補完物に成り下がってしまった。皮肉なことに、そうした日本は米国にとっても便利ではあっても重きを置くべき国でなくなってしまったのではないか。
米同盟は重要である。しかし、当然のことながら日本と米国それぞれが、その国民の利益を背負っている。両国の国益が常に一致するわけではないことは念頭に置かなければならない。もちろん、その場合に同盟が傷付くことのリスクも計算に入れて、最終的な意思決定をしなければならないことは当然である。日米同盟は両国の深い信頼感と同時に、適度な緊張感に裏付けられた対話によって保たれていくべきものではないだろうか。
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