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活動レポート 岡田かつやの活動の記録

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第2章 テロとの闘いからイラク戦争へ

2)イラク戦争に対する日本の支持表明

2003年3月20日、イラク戦争が始まった。この戦争が、まず戦争ありきという米国ブッシュ政権の思い込みや多くの誤解、そして米国政府関係者による情報操作などにより始められたことが、いま明らかになっている。

そういった懸念があることは当初から指摘されていた。国連安保理常任理事国の中でも、米国に賛同したのは英国のみである。フランス、中国、ロシアは大量破壊兵器が本当に存在するのかどうか、さらに数カ月の査察を続けるべきだとの主張だった。フセイン政権とアルカイダなど国際テロ活動との関係も明確でなかった。このため、安易に武力行使すべきでないという声は世界中にあった。しかし、これらの声を無視するように、イラクに対する空爆はスタートし、小泉総理はこの米国のイラク攻撃に対し、早々と支持表明した。

2001年9月11日のテロ発生から18カ月、この間、必ずしも日本政府がブッシュ政権に追随し続けていたわけではない。国連安保理においてイラク攻撃を正当化するためには明確な決議が必要との立場から、まず決議1441号が採択されるよう全力を挙げた。武力行使を正当化する新たな決議を行う努力もした。もちろん実態は、米国のイラク攻撃を前提に、これを国連憲章上なんとか正当化しようと努力してきたということである。しかし、私はこの間の日本政府の努力に対しては一定の評価をしている。国連の枠組みの中で、米国が行動したという形を取るよう、日本政府は苦慮してきたと言っていいと思う。

しかし、日本の努力もここまでだった。武力行使を明確に認める新たな決議を成立させることはできず、安保理が事実上分裂したままイラク戦争が始まった。

フランス、ドイツといった欧州の主要国が明確に反対するなか、国連安保理の決議を経ないで本格的な武力行使に踏み切ったことは、国連の存在そのものを揺るがす出来事だった。戦後60年の国際社会のルールが変わりかねない重大な問題であったからこそ、日本政府も様々な努力を続けたはずである。

しかし、いざイラク戦争が始まると、小泉総理は「米国の武力行使開始を理解し、支持いたします」と即座に表明した。果たして、総理は自分の発言の重みをどこまで理解していたのだろうか。イラクが本当に大量破壊兵器を持っているという確信、その大量破壊兵器が国際テロリストによって使用される可能性、そしてイラクのフセイン政権と国際テロ活動との関係などについての検討は、日本政府によってどの程度なされたのだろうか。米国、英国による攻撃は、各国の武力行使は自衛権の行使としてのみ認めるという国連憲章の基本的枠組みを破壊しかねない行動である。これらの根本的な問題を考え抜いたうえでの支持表明だったとは、とても思えないのである。

いま振り返って私自身残念に思うのは、当時民主党の幹事長だったために、これらの点について国会審議に十分参加できなかったことである。党改革や選挙準備、自由党との合併問題などに忙殺されていた時期だった。

イラク開戦の日の代表質問

イラク攻撃が始まった当日、衆参本会議が開催された。夜の9時半に始まるという異例の本会議だった。私は民主党幹事長として代表質問に立った。何とか戦争が回避されないかと思ってきただけに、残念でならなかった。こんなに簡単に戦争が始まっていいのかという思いだった。そういう思いを込めて登壇した。私の政治生活の中でも、おそらく生涯忘れられない代表質問となった。

私は質問にあたり、まず次のように述べた。

「とうとう戦争が始まりました。この戦争によって、多くの犠牲が生まれ、罪のない命が奪われることは確実です。何とかこの戦争を回避し、イラク問題の平和的な解決ができなかったのか、本当に残念に思い、同時に、私自身、無力感を感じています。私だけではなくて、この議場の皆さんの気持ちも同じだと思います」

議場は静かになった。

小泉総理が米国のイラク攻撃を支持する理由として挙げた理由は、第1に米国の攻撃は国連決議の根拠に基づいたものであること、第2に大量破壊兵器が存在することの危険性、第3に日米同盟関係の重要さの3点だった。私はそれぞれについて疑問を呈し、質問した。

まず、米国の攻撃が国連安保理の決議に基づく正当なものであって、国連憲章に反していないとの小泉総理の説明について質問した。

日本政府は、国連決議1441が武力行使の正当性を認めたものだとしているが、安保理の議論の中でも、フランス、ドイツ、ロシアなど多くの国々やアナン国連事務総長は、イラク攻撃を行う場合は新たな決議が必要であるとの立場に立っていた。日本政府自身が、武力行使を正当化するための新たな決議が採択されるよう努力しながら、時間切れで武力行使に至ったという経緯もあった。少なくとも、安保理メンバー国の多くが決議1441は武力行使を正当化する根拠として十分でないと明言しているなかで、日本が勝手に新たな国連決議は必要ないと決め付けることはできないと指摘した。

小泉総理は「イラクが決議1441で履行を求められている武装解除等の義務を履行していないことから、さらなる重大な違反が生じていると言わざるを得ず、停戦条件を定めた決議687の重大な違反が生じていることから、決議678に基づき武力行使が正当化されると考えており、アメリカ、イギリスも同様の解釈をとっております」と答弁。外務省作成の答弁書を棒読みしただけ、そして、その後何度も繰り返し使われる論理だった。果たして、小泉総理は自分の答弁の内容を理解していたのだろうか。

決議687と678は、1990年の湾岸戦争、つまりイラクがクウェートを侵略したときの、多国籍軍による武力行使を容認する根拠となった安保理決議である。今回のイラク戦争は、もちろんイラクのクウェート侵略を理由に始まったものではない。10年以上前の決議を持ち出すことは、どう考えても無理なこじつけだった。すでに米国が始めてしまった武力行使をあとから正当化しようと、外務省条約局の秀才たちが知恵を絞って考え出した「迷答弁」である。

ブッシュ大統領は、今回のイラク戦争を始めるにあたって、「敵が先に攻撃したあとに反撃するのは、自己防衛ではなく自殺行為だ」と演説していた。米国が国連決議など眼中になかったのは明らかだった。日本政府としては、米国の論理を認めるわけにはいかないが、イラク戦争は支持したい。そういう中での、10年以上も前の決議を持ち出しての答弁だったのである。日本でしか通用しない迷答弁だった。

そもそも、決議1441が武力行使を認めるものではないということは、決議採択時に安保理のメンバー国の多くが主張したことである。日本政府も武力行使容認の新たな決議を求めて努力した。これが支持を得られなかったからといって、あとになって決議1441を拡張解釈、いや黒を白と言うに近いねじ曲げた解釈で武力行使を正当化した。安保理決議とはこの程度のいい加減なものだという印象を与えてしまったことは、あとに尾を引く重大な失敗だったと思う。

次に、大量破壊兵器がテロリストや犯罪者の手に渡ることは大変な問題だと小泉総理が説明していたことに対して、国連監視検証査察委員会(UNMOVIC)のブリクス委員長があと数カ月の査察継続を主張していたにもかかわらず、なぜその結論が出るまで待てなかったのか、と質問した。そもそも決議1441は、ブリクス委員長に査察の継続とその結果の報告を求めていたのである。

小泉総理は、査察に小出しに協力しているイラクの姿勢が根本的に改められない限り、査察は有効たり得ないと答弁。査察の責任者であるブリクス委員長が「あと数カ月」と明言しているにもかかわらず、「査察は有効たり得ない」と断定する根拠がどこにあるのか、そのことが説明されることはなかった。いや、できなかったと言うべきだろう。

実は私はこの質疑の中で、「小泉総理は、イラクの大量破壊兵器が確実に存在し、それが今後確実にテロリスト手に渡るという確かな証拠をお持ちなのでしょうか」と発言した。その瞬間に、本会議場の自民党席の中から激しいヤジとともに、「何バカなことを言ってるんだ」という冷ややかな反応が返ってきた。

本会議場の激しいヤジには私も慣れてしまっていたが、この時の反応は独特なものがあり、いまも忘れられない。多くの議員が、フセイン大統領が大量破壊兵器を隠していることは確実だと信じ込んでいたし、国民の多くもそう思っていたのではないか。日本の国際報道が、CNNやBBCをはじめとする英米系メディアの影響下にある。その他の欧州メディアやアラブメディアがどう報じているかということへの関心や独自の取材能力が十分とは言えなかったことも、その背景にあったのではないかと思う。

正直に言うと、私自身も「大量破壊兵器は確実に存在するのか」と質問しながらも、内心おそらく大量破壊兵器はあるのだろうと思っていた。情報の洪水の中で冷静な判断力を持つことの難しさと大切さを改めて感じている。

第2に私が質問したのは、日米同盟関係についてだった。

私はまず、「注意深く、慎重に行動しなければなりません」と発言した。米国民の9.11以降の深く傷付いた国民感情を逆なですることがあってはならないとの思いからの発言だった。

私は、2001年の9.11テロ事件以降、しばらく訪米の機会がないままだった。9.11は米国を変えたと言われるが、本当に米国民の意識は大きく変化したのだろうか。私はよく実感が持てないでいた。

しかし、テロ発生から3カ月後、旧知の米国政府関係者と会ったときのことが忘れられなかった。ホテルオークラのバーで夜遅く会ったのだが、彼は私の顔を見るなり、「岡田さん、日本に来て、私は3カ月ぶりに熟睡することができました。あの事件以降、ワシントンではよく眠れなかったのです」と真顔で言ったのである。タフな交渉者として知られていた彼の言葉を聞いて、9.11テロ事件が米国民に与えた衝撃は我々の想像をはるかに超えるものがあると感じた。

しかし、だからといって大義なき戦争を始めていいということにはならない。私は小泉総理に対し、「ブッシュ大統領と率直に語り、説得すべきだったのではないか」と質した。

小泉総理はイラク問題について、「アメリカと率直な対話を行ってまいりました」と述べたうえで、「大量破壊兵器の脅威というのは、決して人ごとではありません」「同盟国として今般のアメリカの行動を支持することが国家利益にかなう」と答弁した。

確かに、日本政府は米国の単独行動を戒め、国連憲章の枠内での行動となるよう、外務省を中心に努力してきた。その結果、安保理決議1441が採択されたのである。しかしその後は、まず戦争ありきという米国政府を押しとどめることはできなかった。同盟国といっても、日本の影響力はこの程度のものだったのである。

確かに、ブッシュ大統領が耳を傾けることはなかったかもしれない。しかし、せめて目に見える形での小泉総理の説得はなされるべきだった。米国の国際的孤立を防ぎ、かつ国連による国際紛争解決のメカニズムを壊さない。そのことの重要性を必死で説くべきだったのである。それが真の同盟国のリーダーの役割だったと思う。

小泉総理の答弁の後段、すなわち「決して人ごとではありません」というくだりは、直接的には言及していないものの、北朝鮮の核問題について述べたものである。いざというときに助けてもらわなければならない米国と摩擦を起こしたくないという小泉総理の気持ちが伺えるものだった。あるいは、米国の先制攻撃という選択肢を否定してしまったら、北朝鮮に対しても先制攻撃はないというサインを送ることになってしまうという思いもあったのかもしれない。

確かに、北朝鮮の核問題とイラクの大量破壊兵器は共通点が多い。イラクに対する米国の先制攻撃に対して、日本国内での反対の声が抑制されたものだった背景には、国民が北朝鮮問題への波及を心配していたということがあった。小泉総理もそういう国民心理をうまく利用したと思う。

最後に私は、ブッシュ大統領の単独攻撃、先制攻撃論を取り上げた。イラク戦争開始にあたり、ブッシュ大統領は国民に対する演説の中で、「米国は自国の安全を守るために武力行使の権限を持つ」「行使しないことに対するリスクのほうがはるかに大きいことから、我々はいま行動する」「敵が先制攻撃したあとに反撃するのは、自己防衛ではなく自殺行為だ」と述べていた。このような考え方を小泉総理が認めるのかどうか質問したのである。

小泉総理は「他国の国際法の解釈について有権的な評価をする立場にはありませんが、いずれにせよ、アメリカは国際法上の権利及び義務に合致して行動するものと考えます」と答弁。また、「米国の国家安全保障戦略には先制を侵略のための口実としてはならない旨が明記されています」とも答弁した。

もちろん、先制を侵略の口実としてはならないことは当然である。しかし、曖昧な先制攻撃の拡大は、各国の都合による戦争開始のリスクを確実に高めてしまう。先制攻撃という考え方は、国際情勢に対しては基本的に国連の枠組みで対応するという第2次大戦後の大きな枠組みを破壊しかねないリスクを持っていた。仮にテロの時代を迎え、先制攻撃を例外的に認めざるを得ないとしても、その基準の明確化と、その基準が各国に共有されることは絶対に必要である。

他国の国際法解釈について有権的な評価をする立場にないと言って逃げてしまっては、日本が世界の平和を実現するためのリーダー的役割を果たすことを放棄したと言われても仕方がない。この先制攻撃の問題は、国際安全保障の根幹に関わる極めて重要なテーマである。これ以降、私と小泉総理とが何度も議論することになる。

戦争とは国家の行う殺人

イラク戦争開始から4カ月後の平成15年7月、予算委員会でイラク問題を取り上げた。私の前に菅代表が質問していたことを受けての質疑だった。私は、「なぜ大量破壊兵器があると確信したのか」との菅さんの質問に対して、小泉総理が開き直った不誠実な答弁を繰り返したことに怒りを覚えていた。

まず私は、イラクの大量破壊兵器を査察する責任者であったブリクス委員長が「査察を続けたい。それは数日ではないが数年でもない、数カ月だ」とはっきり発言したことを指摘し、なぜ小泉総理はその査察結果が出ていないのにイラクが大量破壊兵器を持っていると確信したのか質問した。

小泉総理は菅代表とのやり取りの興奮が冷めておらず、「イラクがそんなに誠実にこたえてきたとあなたは思っているの。そうじゃないでしょう」と感情的になって反論した。

私はさらに、2003年1月からはイラクもきちんと査察に応じていた。査察団も、もう数カ月欲しいと言っていた。米国、英国、スペイン以外の国々が査察の継続が必要としていた。そういう中で、小泉総理はどのような根拠で大量破壊兵器があると判断したのか説明してほしい、と質した。

小泉総理は、「過去の国連決議、イラクが疑惑に証明しようとしなかった、そういう点を総合的に判断して、その根拠とした」と極めていい加減な答弁。小泉総理も大量破壊兵器の問題は自信がなかったのだと思う。

私はさらに、単に疑惑があるというだけで総理が戦争を支持したことが妥当だったのかと詰めた。678、687、1441の3つの国連決議を根拠に、イラク戦争が国連憲章に合致したものと言うことはできないと私は考えている。しかし、ここで私が小泉総理に問うたのは、そのことではない。百歩譲って国連憲章違反でないとしても、あの段階で戦争を始めたことの妥当性を聞いたわけである。

小泉総理は、「妥当でないというのは御自由です。私は、妥当だと今でも思っております。だから支持したんです」と、なぜ妥当と考えたかとの質問には全く答えようとしなかった。

あまりにも誠意のない答弁が続いたことに私も感情的になった。思わず、自分でも予定していなかった言葉が口をついて出た。

「戦争というのは国家の行う殺人です」

それまでヤジで騒然としていた衆議院第1委員会室は、突然静かになった。静かな時間の中で私は発言を続けた。

「もちろんすべての戦争が違法ではありません。しかし、本当に限られた場合に、正当な戦争というのがあるんです」「今回の戦争でも、恐らく1万人以上の方が亡くなっていますよ」「それぞれに家族もあるし、人生もある。1万人のその命を一瞬のうちに奪ってしまったのがこの戦争です」「だからこそ、戦争を始めるということに対しては、政治家として、人間としてぎりぎりの判断を求められるはずです。総理の今の答弁の仕方から見て、そういった重さが全く感じられないわけですよ。もっと総理が苦しんだ末、支持するというならわかりますよ」「そういう総理の軽さが、私には、日本国総理大臣の資格、資質、果たして小泉さんがあるのかどうか、そのことを非常に疑問に思っているということを申し上げておきたいと思います」

私の発言のあとも、10秒以上静かな時間が過ぎた。あとでビデオで確認すると、私の発言中、総理は目を閉じて、じっと聞いているかのように見えた。

「私はそれほど優秀な人間でありませんので、浅学非才でありますが、与えられた総理大臣の職責を精いっぱい務めようと思っております」「私は米英の行動に対して妥当性があるということで支持したわけでありまして、その根拠というものも再三答弁しているとおりでございます」

繰り返しの答弁で、内容は何も変わっていなかった。しかし、小泉総理の顔に内心の動揺が現れているように見えたのは、私の勘違いだろうか。

迷走答弁続く

平成15年10月のイラク特別委員会では、前国会終盤における小泉総理の問題発言を取り上げた。

7月18日の予算委員会における、大量破壊兵器は出てこないではないかとの菅代表の追及に対し、小泉総理は「フセイン大統領がいまだに見つかっていないからフセイン大統領がイラクにいないとは言えない、大量破壊兵器が見つかってないからといって……」と信じられないような答弁をしていた。

私は「1回なら冗談かと思いましたが、何回も繰り返した。まずあの答弁を取り消すべきだ」と発言。誰が考えても、まともな政治家の発言とは言えない。ましてや、日本国総理大臣として恥ずべき発言であり、取り消すべきだと本気で考えていた。

しかし、小泉総理はまたもや開き直った。

「私は何回も言いますよ。いまだにフセイン大統領が見つかっていない。フセイン大統領がそれだからいないと言えるのか。大量破壊兵器が見つかっていない、現時点で。だからないと言えるのか。何回も言います。どうしてこの答弁がおかしいんですか」

あまりにもバカげた発言に手が付けられなかった。

この時期、開戦後1年以上経過しながら、そして1200人の調査員が調べたにもかかわらず、大量破壊兵器は見つかっていなかった。ブッシュ大統領、ブレア英首相ともに国内政治的には窮地に立っていた。そういう中で、小泉総理だけは相変わらず国民の支持率が高かった。多くの兵士の命が日々失われていた米英両国とは置かれた環境が違うとはいえ、不思議な現象だった。

私は最後に、「結果的には大量破壊兵器は出てこなかった。結局あなたは大義名分のない戦争をしたわけです。そのことに対して何も責任を感じないんですか。説明責任を果たさないんですか」と迫った。

小泉総理は「常に説明しております。岡田さんは間違ったと言っていますが、私は、国連憲章にのっとって支持したのであって、間違ったと思っていません。正しい選択であったと思っております」と答弁。

私は「万が一国連憲章に基づいたものであったと仮定しても、それは国際法違反でないということにすぎない。大義のない戦争を正当化することにならず、大量破壊兵器がないまま戦争するという、判断として間違ったことをした責任はまぬがれない」と再度問い詰めた。

小泉総理は「それは見解の相違です。私は大義があったと思っています。間違っていると思っておりません」と開き直りの答弁。大量破壊兵器があると判断してイラク戦争の開始を支持したにもかかわらず、その判断が誤っていた。大義のない戦争をしたことに対しての反省の弁はなく、自らを正当化するだけだった。

平成16年6月2日の決算行政監視委員会で、イラク戦争をいち早く支持したことの妥当性について改めて質問した。民主党代表として初めての小泉総理とのやり取りだった。参議院選挙前の限られた質問の機会だったが、私はあえてイラク戦争を取り上げた。

私は、総理は正しい判断だったとする根拠として、国連決議の存在を挙げているが、米国、英国、スペイン以外は、国連決議に戦争を始める根拠になり得ないと判断した。その中で、なぜあえて米国のイラク戦争に対し支持したのか、と重ねて質問した。

小泉総理の答弁は、「それは今までも何回も同じ質問をされています。何回も同じ質問だから、同じ答弁をさせていただきます」「一連の安保理決議の義務が果たされていなかったからこそあの戦争に突入したのであって、その義務をフセイン政権が誠実に履行していれば、戦争は起こっていなかったんです」と、官僚作成の答弁を読み上げただけだった。

水掛け論の繰り返しだった。査察が継続し、かつ、多くの国々がいま結論を出すのは早いとするなかで一方的に攻撃を開始したこと、そして、日本がこのことを積極的に支持したことの理由は全く説明されていなかった。

私は「この戦争でイラク人が1万人以上も亡くなりました。米兵も既に800人を超える若い兵士たちが命を落としています」「総理は、今、いとも簡単に答弁書を読み上げられたけれども、本当に一国の総理として重い決断をしたのかどうか」と聞いたが、小泉総理は「戦争の決断というものは大変重いものだと思います」「努力も実らなかった場合には、重大な決断をしなきゃならない」と答えるのみだった。

ここで私は、イラクで尊い生命を失われた外交官、奥克彦大使と井ノ上正盛参事官のお別れの会のことをあえて取り上げた。

「確かに、本当に悲しいお別れの式典だったと私は思います。若い奥様やあるいは小さな子供や、年老いた御両親や友人や同期生。皆がそれぞれに奥さんや井ノ上さんのその死を悼み、そして悲しみました。総理もそういう中で言葉が途切れる場面があったと思います」「人の命は重いものだと思います。その命の重さはイラク人や米兵にもあるんだと思うんです」「だからこそ戦争を始めるに当たって、ぎりぎり悩んで悩んで慎重に物事を決断しなければいけない」

小泉総理は奥大使と井ノ上参事官の遺影の前で、感情をコントロールできずに思わず絶句した。その小泉総理に、同じ感受性を持ってイラク戦争全体を受け止めてもらいたいと考えて、あえて殉職されたお2人のお別れの会のときのことを持ち出したのである。

私はさらに、ブッシュ大統領が戦争を始めるにあたり、日本が支持していることが1つの補強材料になったとすれば、小泉総理の責任は重いと指摘した。

小泉総理は、「日本が戦争を始めたのではありません」「アメリカはアメリカの立場で戦争を開始したんだと思っています。日本は日本の立場であのアメリカの対応を支持いたしました」と発言。戦争を支持するという極めて重い決断を行ったことの理由について、とうとう説明がなされることはなかった。

私は最後にもう一言、言わずにはいられなかった。

「戦争を支持するということは極めて重いということを総理がどこまで認識され、国家の指導者として悩まれ、そして決断されたのか。一連のあの過程を見ていて、そういうことが余り感じられなかったものですから申し上げたところであります」

人の命は重い。外務省の奥大使、井ノ上参事官が殺害された直後の質疑だった。若い2人の突然の死と残された家族に対し、国民は悲しみを共有した。イラクで生命を奪われたイラク人や米兵たちもそれぞれ家族を残し、重い命を失った。せめて日本国総理大臣として、なぜ戦争を支持したのか、きちんと説明責任を果たすべきだったという私の思いは、いまも変わらない。

イラク戦争の意味するもの

結局、何のためのイラク戦争であり、なぜ日本政府はあの戦争を支持したのだろうか。ブッシュ大統領が述べた戦争の大義は、イラクが大量破壊兵器を持っており、米国民の安全を危機に陥れていること、アルカイダとフセイン大統領が関係あること、そして、イラク国民をフセイン大統領の圧政から解放することだった。

しかし、大量破壊兵器の存在は確認されず、また、アルカイダやビンラディンとフセイン大統領の関係も立証されなかった。そして、独裁者が圧制を行っていることが戦争の正当な理由になるのであれば、フセイン大統領よりさらにひどい人権侵害を行っている独裁者たちはなぜ放置されているのかという問いに、まず答えなければならない。

イラク戦争はあまりにも根拠に乏しい戦争だったし、米英軍の大規模な先制攻撃は、国連を中心とした集団安全保障体制を深く傷つける結果となった。国連は始まって以来最大の危機に直面したと言っても過言ではない。

その米国の行動を安易に支持した小泉総理は、国連決議を根拠とした正当な戦争だったと繰り返した。しかし、10年以上前の湾岸戦争の国連決議を根拠に戦争を正当化できるはずがない。国連決議の裏付けのないまま強行された大義なき戦争であったことは明らかである。百歩譲って国際法上正当な戦争だったと仮定しても、なぜ日本が支持したのか、そのことについて具体的な説明は小泉総理からいまだになされていない。同盟国米国のやることに最終的には従わざるを得ないという判断なのか、それとも北朝鮮問題が根源なのか。いや実態は、とにかく米国には逆らえないんだという小泉総理の思い込みが最大の原因ではなかったのか。

その米国の行動を安易に支持した小泉総理は、国連決議を根拠とした正当な戦争だったと繰り返した。しかし、10年以上前の湾岸戦争の国連決議を根拠に戦争を正当化できるはずがない。国連決議の裏付けのないまま強行された大義なき戦争であったことは明らかである。百歩譲って国際法上正当な戦争だったと仮定しても、なぜ日本が支持したのか、そのことについて具体的な説明は小泉総理からいまだになされていない。同盟国米国のやることに最終的には従わざるを得ないという判断なのか、それとも北朝鮮問題が根源なのか。いや実態は、とにかく米国には逆らえないんだという小泉総理の思い込みが最大の原因ではなかったのか。

そして、大量破壊兵器の存在をめぐる情報操作や国家の指導者たちの思い込みは、最も成熟した民主主義国家とされていた米英両国ですら、その民主主義が十分に機能するかという点について、多くの危険を抱えていることを改めて明らかにした。もっとも、両国において、一度は戦争賛成だった世論が変化し、その後イラク戦争反対の声が高まったことは、両国の民主主義の健全さを示している。私は、そこに救いを感じる。

日本にとっても重大な問題提起がなされた。今回は、米国の武力行使に際して、その前提となる事実関係について、自ら情報収集し、そして判断することが全くできなかった。米国の提供する情報をそのまま受け入れてしまった。程度の問題はあるが、自ら情報収集し、分析できる体制の整備が必要である。ただし、今回の場合には、政府の側に米国の情報が間違っているはずがないとの思い込みがあったという意味で、それ以前の問題であると思う。

そして、国連を中心とした安全保障体制を重視すると言いながら、結果的に米国の単独行動を是認し、日米同盟関係が国連憲章に優先することを内外に明らかにしてしまった。10年前の湾岸戦争時の安保理決議をアクロバット的に解釈し、その米国の武力行使を正当化しようとした。このことで、安保理決議はいくらでも自分の都合のいいように解釈できるという極めて悪い先例を残すことになってしまった。

また、中東外交は日本の外交としては独自性が発揮されてきた分野だった。日本や日本人に対する中東諸国の信頼も確保されてきた。しかし、今回の安易な戦争支持表明は、中東という日本の国益に重大な関係を持つ国々の、日本に対する信頼を揺るがすことにもなった。

さらに最大の問題は、小泉総理が粗い論理、粗い言葉で国民に対してきちんとした根拠と論理に基づいて説明を行わなかったことである。外交は国民の信頼があって初めて成り立つ。特に戦争という人命に関わる問題を支持するか否かということであればなおさらである。小泉総理に求められたのは、説明責任を果たす真面目さであって、決してパフォーマンスではなかったのである。

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