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いまアジアの経済発展が著しい。少し前には、世界第2位の経済大国である日本は別格であり、韓国、台湾、香港を先頭に、シンガポール、タイやマレーシアなどのアジアの国々がそれに続くと言われた。最近は中国経済の発展に注目が集まり、アセアンやインドもそれに続いている。韓国や台湾のメーカーの中には、電機や半導体などで日本のメーカーを凌ぐ競争力を持つところも出てきた。いまや、日本だけがアジアの中で突出しているという状況ではなくなった。同時に世界経済に占めるアジアの存在感は、はるかに大きなものとなった。
いまアジアの経済発展が著しい。少し前には、世界第2位の経済大国である日本は別格であり、韓国、台湾、香港を先頭に、シンガポール、タイやマレーシアなどのアジアの国々がそれに続くと言われた。最近は中国経済の発展に注目が集まり、アセアンやインドもそれに続いている。韓国や台湾のメーカーの中には、電機や半導体などで日本のメーカーを凌ぐ競争力を持つところも出てきた。いまや、日本だけがアジアの中で突出しているという状況ではなくなった。同時に世界経済に占めるアジアの存在感は、はるかに大きなものとなった。
平和で豊かなアジアを実現することは、日本自身の平和や豊かさに直結する。すなわち、日本の国益、国民の利益である。平和で豊かなアジアを実現するためには、成熟した民主主義国家であり、かつ一足早く経済成長を実現した日本の果たすべき役割は大きい。東アジアを中心に経済の相互依存をさらに高め、政治や社会面での関係を緊密にすることが、日本の国益の実現にもつながるとの認識をしっかりと持つことが必要である。
しかし現状は、政治・行政が、先行する経済の相互依存の後追いをしているにすぎない。中国・韓国との関係が悪化していることも日本の役割を低下させることにつながっているが、それだけではない。日本政府に欠けているのは、平和で豊かなアジア実現に向けての具体的プランとそれを実行するための政治的意思である。
タイ、インドネシア、シンガポールといったアセアンの国々と日本との関係は、小泉総理の5年間に極めて弱くなってしまった。
日本の経済協力に対して、戦略性がないとか非効率との批判がなされることが多い。アセアンに対する経済協力についても、一方で多くの批判があることも事実である。しかし、戦後の日本の経済援助によって、アセアンの国々の多くが経済発展のためのインフラを整備したことも事実である。かつてはマレーシアのマハティール首相のルックイースト政策に代表される、日本を信頼し、日本をモデルにしようという気持ちがアセアンの国々にはあった。
平成10年10月のアジア経済危機に際して日本が総額800億ドルの支援表明をしたことも、高く評価されている。当時、私もタイやインドネシアを訪れたが、経済状況が極端に悪化するなかで、多くの日本企業がアセアンの国々から撤退しなかった。このことに対して多くの政府関係者が感謝していた。
しかし、その後の日本政府の対応は信じられないほど不十分である。アセアンの国々がアセアンとしての政治的・経済的まとまりを強めたうえで、それに対する日本の関与を強く求めてきた。にもかかわらず、日本の――いや小泉総理のと言ったほうがよいかもしれないが――関心は小さかった。その間、中国は積極的に攻勢をかけ、アセアンとの関係は強化された。中国の戦略的対応と比べ、日本は無策に近かった。
私は平成15年11月の予算委員会で、タイとの自由貿易協定が農産物の扱いをめぐって入口で引っかかり、本交渉に入れていないことや、アセアンの国々が強く加盟を望んだ東南アジア友好協力条約について、アメリカが加盟しないことに遠慮し一度はノーと言いながら、中国が加盟を発表すると慌ててイエスと言ったことなど、政治的リーダーシップの欠如を指摘した。 小泉総理は「アセアンとの関係は、これまでも重視してきましたし、これからも重視していきます」という型どおりのものだった。具体的に質問したにもかかわらず、何も答えないことが、アセアンに対する小泉総理の無関心さを象徴していた。
平成17年1月の本会議代表質問でも、アセアンとの経済連携協定締結交渉にあまりにも時間がかかっている、個別の利害を越えて大きな政治のリーダーシップが必要だと主張した。私としては、経済連携交渉の遅れを1つの例として、アセアン外交、アジア外交により重点を置いた外交を展開すべきである、そこをどう考えているのかという趣旨で質問した。しかし小泉総理からは、フィリピン、マレーシア、タイなどとの経済連携交渉の現状を説明し、「引き続き積極的に取り組みます」との経済連携交渉に限定した答弁があったのみだった。型どおりの官僚答弁だった。
本会議の代表質問は、まず質問者が質問通告を行い、これに基づき質問が所管に応じて各省庁に割り振られる。最終的には担当課が答弁を作成する。答弁を作成するのは、各課の係長や課長補佐である。私も通商産業省時代に数多くの国会答弁を作成したのでよく分かるのだが、担当者としては、なるべく余分なことは書かないようにする。自分の担当する分野以外のことは、もちろん書くことができない。各省庁はなるべく無難な無味乾燥な答弁作成を心がけることになるのである。
そこにエネルギーを吹き込むのは総理秘書官をはじめとする官邸スタッフの仕事であり、最終的には総理自身である。私は通常国会冒頭の代表質問に際しては、なるべく早く質問をまとめ、答弁を作成する省庁に通告することにしてきた。時には、私の代表質問を総理官邸にあらかじめ届けるといったことを試みたこともある。総理には、私が作成した代表質問を省庁・担当者ごとに細切れにした質問リストとしてだけでなく、代表質問全体をあらかじめ読んだうえで答弁してもらいたいとの思いがあったからである。
毎年通常国会開会にあたり、その冒頭になされる野党第一党代表の質問は、その国会全体を方向付ける大切なものだと思う。だからこそ、私も前年のクリスマス前から約1カ月をかけて、代表質問を構想し作成してきた。単なる質問だけでなく、まず自らがどう考えるかを明らかにしたうえで、総理の考えを質問することにしてきた。総理に対しても国民に向けてメッセージ性のある良い答弁を期待するのは当然のことだと思う。しかし、本会議の総理答弁はそのほとんどが棒読みだった。あらかじめ野党第一党代表の質問に目を通して答弁を練ったという雰囲気は、総理の任期を通して全く感じることができなかった。
特に、このときのアジア外交に関する私の質問に対する答弁は、意図的に範囲を狭く絞って答弁しているようにも思えた。総理に大きな構想を語ってもらおうとして質問したが、狭い技術的な官僚答弁がなされただけだった。小泉総理に答弁しようという意欲がなかったのであればやむを得ない。しかし、私がふと感じたのは、小泉総理に少しでもいい答弁、国民に届く答弁をしてもらいたいという気持ちが、官邸スタッフにどこまであるのだろうかという疑問だった。
アジア外交をこれからどうするか、小泉総理にとっては、国会で聞いてもらいたくないテーマのようである。平成18年2月7日の予算委員会で私は、アジア外交がうまくいっていない、危機的状況にあると思うが総理にその認識はあるかと質問した。小泉総理は、まず「私はそうは思っておりません」と述べると、その後は自らの靖国参拝について一方的に話し始めた。大島理森委員長の「総理、そろそろ」という発言を無視して話し続け、私の残された5分間の質疑時間はほとんどなくなってしまった。
私は靖国神社の問題を言ったのではなく、アジア外交の話を質問しただけである。なぜ聞いてもいない靖国問題の答弁を感情的になってやったのか、理解できなかった。そして、アジアの中で日本が孤立している実例として、常任理事国入りの共同提案国になったのは、アジアの中ではブータン、モルディブとアフガニスタンの3カ国に過ぎないことを指摘したところで、時間切れとなってしまった。アジア外交は小泉政治の大きな負の遺産の1つである
その1週間後、2月14日の予算委員会で私は、麻生外務大臣と安倍官房長官に靖国問題を乗り越えてどのようにしてアジア外交を展開するのかと質問してみた。
私は答弁を求めるに先立ち、麻生大臣、安倍長官に靖国神社参拝の可否やその理由を聞きたいわけではないと明言した。総裁選挙まで半年以上ある段階で、総裁候補の2人を追い込みすぎてもいけないと思ったからである。ギリギリ追い込んだとしても、参拝するという答弁はあり得ても、この2人がこの時点で参拝しないと明言することはあり得ない。国の利益、国民の利益を考えれば、参拝の可否そのものは聞かないほうがよいと判断した。
その上で、もし参拝するとすれば、中国・韓国との関係はいまと同じ状況が続く可能性が高い。それを乗り越えて中国・韓国との関係やアジア外交をどうやって展開していくのか、構想していくのかと問うたわけである。
麻生大臣の答弁は、あくまで靖国神社参拝に関するものだった。「個人の信条と立場となれば、おのずとその行動に差が出る(中略)。したがって、その立場になったときに適切に判断させていただきます」と答弁するにとどまった。麻生大臣に靖国神社参拝を乗り越えるアジア外交の構想があるとは感じられなかった。ただし麻生大臣は、総理になったときは靖国神社に参拝しないことを選択肢として考えているのだろうかと思わせるような答弁ではあった。
安倍長官の答弁は、まずアジア外交は「極めて短期的に、これはまた近視眼的に考えるべきではなくて、もう少し世界を俯瞰しながら中長期的にやはり考えていくべき」というものだった。その上で、インドとの関係を深めることの重要性を滔々と語ったあとで、議場でのヤジに答える形で「中国だけに視点を置くというのが近視眼的で戦略性のない考え方」であると発言。加えて、日米同盟の強化、東南アジアの国々との経済連携の強化を強調した。最後に「政治上の問題については、何か問題が発生したときに、それをものすごく悪化させない、拡大させないために、お互いが知恵を出す、そういう仕掛けをどう考えていくかということを考えるべきだ」という趣旨の答弁をした。
長い答弁がなされたため、もうすでに私の質疑時間はなくなっていた。大島委員長にそろそろ時間だと促されて、私は早口で短い締めくくりをせざるを得なかった。私は、中国が駄目ならインドがあるという発想は誤っている、政治体制の異なる中国を国際社会の中に引き出し、関与させていくことは、世界の中で日本が果たすべき大きな役割だと強調した。
安倍長官は雑誌の対談記事の中で、中国を囲むオーストラリア、ニュージーランド、インドなどの民主主義国家との連携を主張している。アジアにおいて民主主義を深めることは重要であり、私にも異存はない。しかし、政治体制の異なる中国を包囲し、封じ込めるような発想に陥ってはならないと思う。いま中国に対し必要なことは、冷戦時代の発想の産物である封じ込めではない。経済の相互依存を高め、国際社会への関与を深めさせることである。そのことが日本はもちろん、アジア、いや世界全体の利益に直結するとの基本認識に立つことが必要である。
この日の議論の中で残念だったのは、東アジア共同体について議論する時間がなかったことだった。
私の東アジア共同体のイメージは、平成17年5月に発表した私の外交ビジョンに明示した。ここでその概要を明らかにしたい。
東アジアは域内貿易の割合が50%を超え、経済の相互依存が進むなかで1つの巨大なマーケットとなりつつある。経済が一体化すれば、エネルギー、環境、金融など地域的課題について迅速な対応が求められるようになる。東アジア共同体は、貿易・投資などの経済問題を中心に、保健・衛生、人口、教育・訓練などの社会的課題にも取り組む組織として構築されるべきである。また、近い将来は、生活水準の向上がもたらす民主主義の深まりや法の支配の貫徹、人権保護といった政治的な課題にも取り組む組織に発展させるべきだと考えている。ただし、安全保障問題については、政治体制が異なる中国を含めた多国間協力を深めるには時間が必要である。当面はアジアの平和と安定のために日米同盟をどう活用するかという発想に立つことが現実的であり、東アジア共同体構想からは切り離しておいたほうがよい。
これらの経済・社会的問題を議論する前提として、基礎的データの収集と基本的な分析を行うことが大切であり、そのための常設組織として、東アジア共同体事務局を創設することが有効である。私がイメージしているのはOECD(経済協力開発機構)事務局のような存在である。
また、東アジア共同体の対象範囲は、まずアセアン諸国と日中韓3カ国の計13カ国を中核にしてスタートさせ、インド、オーストラリア、ニュージーランドをその重要なパートナーとして位置付けるべきではないかと考えている。
あわせて、日米のFTA(自由貿易協定)締結を実現し、日本を連結点に米国と東アジア共同体を結び付けるべきである。もちろん、東アジア共同体が1つの経済ブロックになってはいけない。そのためには、他の国々、特に米国やEUとはオープンな関係でなければならない。その連結点となるのが日本の重要な役割である。将来的には東アジア共同体、EU、NAFTAなどが世界規模の経済統合へと発展するという大きなビジョンの下での東アジア共同体であることが大切である。地域経済統合やFTAは、あくまで世界経済統合への過程として位置付けるべきである。
いまのアジアとEUは違うとの見方もある。確かに、アジアは多様ではある。しかし、1952年、独仏両国を中心に欧州石炭鉄鋼共同体(ESCS)がスタートとしたときは、大変困難な状況だった。独仏両国は、互いにその領土を戦場として戦い、殺し合ったばかりだった。相互の国民の不信感は大変なものがあったはずである。しかし、両国のリーダーたちの決意は固かった。できることから着実に実行するなかで、わずか60年で今日のEUを築いたのである。この独仏をはじめとする欧州の政治リーダーたちの構想力と決断力には学ぶべきものが多いと思う。
アジアはいま、世界で最も経済的にダイナミックな地域である。アジアの持続的な経済成長と平和が日本にもたらすプラスは計り知れない。そして、私は、将来アジアは世界で最も豊かで最も平和な地域となり得ると確信している。そのアジアの中に日本があることは、日本にとって大きな幸運である。
日本の平和と豊かさはアジアの平和と豊かさの実現によって保障されるという基本認識、そして、アジアにおける外交は、いずれかの得が他方の損になるゼロサムゲームではなく、相互に利益になる“Win-Win”の関係を築くことにあることをしっかり認識しなければならない。日本の外交資源の大きな部分をそのために投入すべきである。
私がアジア重視の外交を主張したとき、「日米関係はどうなってもいいのか」との批判があった。日米関係と日本・アジアの関係は二者択一の関係ではない。まず日本の国益をしっかりと踏まえたうえで、アジアとの関係、米国との関係を構築していくという、自立した外交こそが必要なのである。しかし、小泉政治は一方であまりにも米国に依存し、他方で信じがたいほどにアジアを視野の外に置いた5年間だった。そもそも、基本的な構想力を欠いた外交だった。
いま、私たちの日本には、平和で豊かなアジアを実現するなかで日本自身の平和と豊かさを実現するという大きなチャンスがある。そのためには、アジアの中で生きるという決意が必要である。多様なアジアであるがゆえに様々な困難も予想される。しかし、アジアは1つと言える時代は意外に早く到来するかもしれない。20年前、誰がいまの中国の経済発展や韓国の民主主義の深まりを予想しただろうか。20年先、40年先を考えると、大きな可能性が見えてくる。
ここで最も注意しなくてはならないのが、排他的なナショナリズムである。グローバル化に伴い、ナショナリズムの高揚は世界的な現象となっている。小泉政治の5年間を経て、日本にもいま、その傾向があることは否定できない。狭いナショナリズムに陥ることなく、我々の目の前にあるチャンスを活かし切ることができるかどうか。いま求められているのは、我々日本人1人ひとりの広い視野に立った自覚である。そして何よりも、政治リーダーの大きな構想力と強い意思である。
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