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小泉総理が靖国参拝について自らの考えを明確に示したのは、橋本龍太郎氏と小泉氏、麻生氏が争い、小泉総理大臣が誕生した平成13年の自民党総裁選挙のときである。
私はこのときのことをいまでも鮮明に記憶している。総裁選の最中に開催されたメディア主催の討論会だった。質問者がまず橋本氏に「あなたが総理大臣になったら靖国神社に参拝しますか」と聞いた。日本遺族会会長を務めたこともある橋本氏は一瞬迷い考えたうえで、行くとも行かないとも明言することを避けた。同じ質問を受けて小泉氏は、はっきりと大きな声で「私が総理になったら、必ず8月15日に参拝します」と発言した。
この2人の発言の違いは本当に印象的だった。自民党の有力支持組織であり、総理の靖国神社公式参拝を求めている日本遺族会の人々が、橋本氏から小泉氏に一気に乗り替えて投票するのではないかと思えるほど強烈だった。小泉総理は後に選挙の争点にするつもりはなかったと弁明したが、靖国問題を総裁選挙の争点にすることを明らかに意識した発言だった。
総理の靖国参拝は、信教の自由の問題、A級戦犯の問題、そして中国や韓国からの批判など政治的に複雑な問題である。自民党最大の支持団体の1つである日本遺族会の存在を考えれば、自民党総裁候補として靖国神社に参拝しないとは言いにくいことは分かる。しかし少なくとも、総理になったときに参拝しないという選択肢を残しておかなければならない。したがって、決定的なことは言わないというのが通常、総理候補が取る対応であり、橋本氏もだからこそ明言を避けた。
これに対し、小泉氏は極めて分かりやすく、アピール効果抜群だった。しかし、2人の発言を聞いて、そのとき私が強く感じたことは、小泉氏の軽さである。この発言1つだけでも、小泉氏は日本国総理大臣としてふさわしくないと確信した。
私は、悲惨で愚かな60年前の戦争の責任者であったA級戦犯が合祀された靖国神社に、日本国総理大臣は参拝すべきでないと考えている。したがって、仮に私が総理になったとすれば、そのときは靖国神社に参拝しないと民主党代表時代に国会において何度も明言してきた。また、靖国神社が遊就館などにおいて示している、自存自衛のためのやむを得ない戦争であったとの認識にも絶対に同意できない。
しかし率直に言って、靖国神社の問題は扱いの難しい問題である。私は衆議院九段宿舎に住んでいるため、毎日靖国神社の前を通って国会に行っている。靖国神社には遺族の方々が戦争で亡くなった自分の夫や父親、兄弟、親戚を偲んで、参拝のため全国から集まってこられる。年老いたお婆さんが亡き夫を思い真剣に手を合わせておられる姿を見ると、できれば政治問題として焦点が当たるようなことは避け、そっとしておいてあげたいと思う。靖国神社に参拝することを本当に楽しみとし、心の支えとされている年老いた遺族の皆さんの気持ちを動揺させる結果になるようなことはしたくないとの思いも強かったのである。
しかし、遺族の皆さんの中には、靖国神社にA級戦犯が合祀されていることに対し、どこか割り切れない思いの人も多いはずである。私の支持者の中にも遺族の方々がたくさんおられる。私に対し、A級戦犯の合祀は割り切れないとはっきりと言われた遺族もいた。赤紙1枚で戦場に送られ、そして帰らぬ人となった。赤紙を出した側の指導者とは立場的に明らかに異なっている。
A級戦犯が合祀された、すなわち戦争の責任者を神として祀る靖国神社に総理が参拝することは、いかに死者に罪はないと考えるのが日本的風土であるとしても、戦争の責任を曖昧にする結果を招く。まして、その靖国神社が、あの戦争は自存自衛のためのやむを得ない戦争であったとしているのであれば、そこに総理大臣が参拝することは、国家として60年前の戦争を肯定していると言われても仕方ない。内外に大きな誤解を招きかねないことであり適切でない。このような判断から私は、総理大臣の靖国参拝問題を国会で何度か取り上げることになった。
最初に靖国問題を小泉総理に質問したのは、平成16年2月の予算委員会であり、その年の正月元旦、総理は靖国神社に参拝したばかりだった。
私が、A級戦犯が合祀されている問題をどう考えているかと問うたのに対し、小泉総理は「A級戦犯の合祀を問題にして靖国神社に行ったわけではございません。A級戦犯がいようがいまいが、多くの戦没者に対する、犠牲の上に今日の日本の平和と繁栄はあるんだ、二度と戦争は起こしてはいけない、そういう思いを込めて靖国神社に参拝いたしました」と答弁した。
私はまず、A級戦犯を合祀するかどうかは民間の宗教法人である靖国神社が決めることで、国が関与すべきことではないと述べた。仮に、国が合祀する、しないということを強制したり、ましてやそのことを法制化したりすれば、憲法が保障する信教の自由を明らかに侵害することになる。
その上で私は、合祀するかしないかは靖国神社が決めることだが、そこに総理が行くとなればA級戦犯の合祀の問題は無視できないと指摘。靖国神社に参拝するとき、戦争について責任を持つ人たちが一緒に祀られていることに私は非常に抵抗感を覚える、総理はどうかと質問した。ここで私はあえて、総理の靖国神社参拝に「反対」と言わず、「抵抗感を覚える」という表現を使った。
これに対し小泉総理は、はっきりと「私は、抵抗感を覚えておりません」と答弁した。正直言って、この答弁は予想外だった。あえて抵抗感という柔らかい表現を使って、総理に多少なりとも幅のある答弁を期待したのだが、直球答弁が返ってきた。
総理の考えは、戦没者に哀悼の誠を捧げ、かつ自分は二度と戦争を起こしてはいけないという思いで行くのだから、そこにA級戦犯が合祀されているかどうかは関係ないというものである。しかし、神社に参拝に行きながら、その神社に何が祀られているかは関係ないというのは、分かったようで分からない論理である。
私がこの時期に靖国参拝の問題を質問したのには、私なりの考えがあってのことだった。小泉総理は前年の9月に総裁として再任されており、この通常国会は再選後の初めての本格的な国会論戦だった。最初の総裁選の際に、あれだけ明確に8月15日に靖国参拝すると言った以上、靖国参拝しないとは絶対に言えない立場であることは、選挙公約の重要さを知る政治家として分かっていた。しかし、2度目の総裁選では、私の知るところ、靖国参拝を小泉総理は明言していなかった。そうであれば、軌道修正のチャンスである。もし小泉総理がそう考えているなら、私の質問がそのきっかけをつくることができるかもしれないと密かに考えていたのである。
このため質疑にあたり、答弁作成にあたる事務方にも、私が靖国の問題を質問することをあらかじめ丁寧に通告しておいた。この日の質問において、あえて総理の靖国参拝に「反対する」という表現ではなく、「抵抗感を覚えます」という抑えた表現を使ったことも、総理が方向転換を考えているとすれば、それがやりやすくなるようにと、私なりに考えてのものだった。
その前提として、これだけ靖国参拝の問題が国の内外で大きな問題となり、日本の国益を損なう結果となりかねない状況があった。あえて正月元旦に靖国神社参拝したことも、小泉総理自身いろいろ考え、模索しているのではないかと思わせた。小泉総理も、中曽根康弘総理がかつて靖国参拝を中止したように、何らかの方向転換考えているのではないかという、半ば期待感を込めての私なりの推測があったからである。
しかし、総理の答弁は「私は抵抗感を覚えておりません」という逃げ場のないものだった。そして靖国問題は、その後ますます大きな政治問題に発展し、中国・韓国と首脳会談ができないばかりか、日本人、中国人、韓国人それぞれの心に狭いナショナリズムを増幅させる原因となってしまった。方針転換のチャンスは、総裁として再選されたこの時期しかなかったと思う。しかし、チャンスは活かされなかった。いま考えても本当に残念な答弁だった。
この小泉総理と私とのやり取りをきっかけに、靖国参拝の問題は野党議員によって何度も取り上げられることになった。中国や韓国の批判もより厳しくなってきた。そのことを踏まえて、ある時点から、靖国神社に参拝するのかとの質問に対する総理の答弁は、「適切に判断します」という表現に統一された。小泉総理は何を聞かれても、「適切に判断します」という答弁を何度でも繰り返すことになった。
私が再度靖国問題を取り上げたのは、前回質疑から1年を経た平成17年6月の予算委員会だった。この日の質疑でまず、5月16日の民主党の仙谷由人議員の質問に対して、小泉総理が「いつ行くか適切に判断します」と答弁したことについて取り上げた。いままでの総理の答弁が「適切に判断します」だったのに対し、5月16日は仙谷議員の厳しい追及に対して感情的になり、「いつ行くか適切に判断します」と答弁した。これは靖国神社に行くことを前提とした答弁であり、いままでの、行くか行かないかを含めて適切に判断するとのニュアンスを持った答弁から一歩踏み込んだものになってしまったのではないかと問うたわけである。
ちょうどこの仙谷議員と小泉総理の質疑の翌日に、中国の呉儀副総理が来日した。靖国問題を理由に日中首脳外交ができないなかで、胡錦濤国家主席に代わり呉副総理は来日した。愛知県で開催中の「愛・地球博」の視察だけでなく、日本各地を訪問し、最後に小泉総理と会談することが予定されていた。冷却化する日中両国の関係に対する何らかの局面打開を求める日中関係者の期待が込められた準首脳の訪日だった。その直前のタイミングで、従来に比べて一歩踏み込んだとも思える小泉総理の発言が飛び出したのである。
呉副総理は結局、小泉総理と会談する予定を突然キャンセルして帰国した。確かに、異例のドタキャンではあった。外交儀礼を失しているとの批判が日本国内で高まった。しかし呉副総理としては、自らの訪日にタイミングを合わせたかのような小泉総理の踏み込んだ発言に、何らかの意図を感じ取ったのかもしれない。日中双方に不信感が増幅した。関係者が努力してようやく実現した呉副総理訪日は、日中双方にとってマイナスの結果しか残さなかった。
私は質疑の中で、総理は靖国神社に行くことを前提に仙谷議員の質問に答弁したのかと聞いた。行くか行かないかも含めて適切に判断するという従来の答弁に戻ることを願って、ある意味、総理にチャンスを与えたつもりだった。小泉総理は私の質問に対し、従来どおり「適切に判断します」と答えればよかったのである。しかし総理は、「いつ行くか適切に判断する。そのとおりでございます」と答弁した。逆に総理に、行くことが前提であるかのような答弁を念押しされる結果となってしまった。
いま考えても、このタイミングでいままでと比べて一歩踏み込んだ答弁をした小泉総理の真意が理解できない。仙谷さんの追及に、つい感情的になって言ってしまったというのが真実だろうと思う。いずれにせよ、総理は自らの言動で、自分をどんどん逃げ場のないところに追い込んでしまったと思う。
さて、靖国参拝の問題を初めて本格的に議論したのが、この日の質疑であった。小泉総理は「二度と戦争を起こしてはいけない、今日の日本の発展というのは現在生きている人だけで成り立っているものではない、心ならずも戦場に行かなければならなかった方々の尊い犠牲の上に成り立っている(中略)。そういう戦没者に対して敬意と感謝の意を表するために靖国参拝に行っている」と繰り返し説明した。
これに対して私は、靖国神社はA級戦犯を合祀しており、そのA級戦犯を「昭和殉難者(じゅんなんしゃ)」として位置付けている。その一点をもっても、総理は靖国に行くべきでないとしたうえで、総理が自分の考えが正しいと思うのであれば、それを中国や韓国に対してきちんと説明して理解させる責任があると主張した。あえて小泉総理の論理を全否定するのではなく、自分が正しいと思うなら説明責任を果たすよう求めたのである。
次に私は、靖国問題が日中関係を緊張させていることを指摘した。これに対して、小泉総理は「靖国参拝に対して意見の相違はございます。しかし、全般的な日中関係を考えますと、今までにない日中経済の交流は深まっております」と答弁。私は総理の開き直りに対して、日本の国連安全保障理事会常任理事国入りや、北朝鮮をめぐる6カ国協議いずれも中国や韓国の協力、少なくとも理解がなければ実現しない。それにもかかわらず、小泉総理の靖国参拝が1つの原因になって問題解決が進んでいない。日本の国益が失われていることについてどう考えているのかと小泉総理に問うた。
小泉総理は答弁に困ると逆質問をすることで議論をすり替える傾向がある。この日も私の質問に答えることなく、「岡田代表は、靖国参拝がいけないと言うんですか、いいんだけれども、中国が言うからいけないと言うんですか、どっちなんですか」と聞いてきた。中国が行くなと言っているから行くべきでないと私に言わせたうえで、外国の言うことに従うのかと攻撃しようとしていることは明らかだった。総理自身が国民の排他的なナショナリズムを煽り、利用して議論を有利に進めようとしているとしか思えなかった。
私はまず、靖国に行くべきかどうかは自ら信念に基づき判断すべき問題であり、外国に言われて決めることではないと明言した。その上で、中国や韓国が総理の靖国参拝に異を唱えている以上、自らの信念を語り、相手国を説得する責任がある。小泉総理のように説得もせず、何で問題になるのか分からないと言い放っているのでは、日本の国益はどうなるのかと指摘した。
そして、小泉総理の選択肢は3つしかない、すなわち、自らの判断で行かないと決めるか、相手を説得して総理の考え方を納得させるか、そして、いずれもできないのであれば総理を辞任することだと指摘した。「総理を辞めるべき」という表現はやや強いと思いつつ、それほど切羽詰まった日本の国益のかかった問題なのだということを強調した。
小泉総理は、この私の質問に直接答弁することなく、自分が靖国に行くのは心の問題だと主張した。その上で、「戦没者に対してどのような追悼をするか他の国が干渉するべきでないということに対して、岡田さん、ちっとも答弁しません。これが本当にいけないんですか」と、また逆質問してきた。総理の参拝の是非は外国に言われて決めることではないと私が明確に述べているにもかかわらず、中国に従っているという印象を与えるための悪意のある逆質問である。こういうやり方が、国民の一部にある排他的ナショナリズムを刺激する。日本国総理大臣として、やってはいけない手法だったと思う。
激しい議論のやり取りで議場は騒然とし、渡海紀三朗委員長代理が「質問も聞こえません。御静粛に願います」と言うほどエキサイトしてきた。
私は、戦没者に対してどういう形でそれを弔うかということは日本が決めることだ、しかし他の国が意見を言うことはでき、これは厳密な専門用語でいうところの「内政干渉」ではない。そして、決めるのは総理自身だが、現実に中国や韓国が異を唱え、日本の国益が損なわれかねない状況にあるとき、それを解決する責任も総理にはあると主張した。
私は、自分の主張は筋が通っていると自信を持って質問していた。そして、小泉総理が私の質問に正面から答えていなかったことも明らかである。しかし、議論を聞いていた国民にとって、「内政干渉」という小泉総理の発言が心地よく聞こえ、そして、不当に干渉する外国に対し毅然とした態度を取る小泉総理という印象が残ったかもしれないという不安を感じたやり取りでもあった。
総理の任期終了を目前にした平成18年8月15日、小泉総理は靖国神社に参拝した。韓国や中国の批判は、一層高まった。他方で国民感情が刺激された以上、仮に小泉総理が靖国参拝しないと言えば、国民の一部にある狭いナショナリズムがさらに高まる可能性があった。小泉総理自身、身動きが取れなくなってしまったなかでの参拝だったと思えてならない。
それにしても、ここまでこの問題をこじらせてしまったことは本当に残念なことである。小泉総理は、靖国参拝を理由に首脳会談をしなかったことを、中国・韓国の首脳は将来後悔するだろうというような粗い発言を繰り返してきた。日本国総理大臣として、賢明な対応がなぜできなかったのだろうか。この問題については、野党第一党の代表として、小泉総理を追及するのではなく、何とか軌道修正してもらいたいとの思いで国会で発言してきたが、最後まで議論は噛み合わなかった。非常に悔いが残るやり取りだった。
小泉総理には、総理として初めて靖国参拝したときの自らの談話を思い出してもらいたい。8月15日参拝を公約しながら、あえて8月13日に参拝したときの談話である。そこでは以下のように述べている。
「総理として一旦行った発言を撤回することは、慙愧の念に堪えません。しかしながら、靖国参拝に対する私の持論は持論としても、現在の私は、幅広い国益を踏まえ、一身を投げ出して内閣総理大臣としての職責を果たし、諸課題の解決にあたらなければならない立場にあります」
文面を見る限り、小泉総理もこのときは個人の思いを超えて内閣総理大臣の責任を果たさなければならないことの重要性を理解していたはずである。それが時間とともに冷静さを失い、自らの軽率な発言もあって、引くに引けない状況に自分自身を追い込んでしまった。そして不幸なことに、靖国問題を政治的な争点にする結果を生んでしまった。静かに靖国神社に参拝したいと願っている多くの遺族の皆さんにとって、このことは決して望んだことではなかったと思う。
加えて、中国や韓国の反発を契機として、内外のナショナリズムを刺激し、健全とは言えない偏狭なナショナリズムに火をつける結果を招いてしまった。せめて次の総理とならんとする人たちは、内閣総理大臣としての職責とは何であるかを総理となる前からよく考えて発言し、行動してもらいたいと心から願うのみである。
最後に、靖国神社を国営化すべきといった議論がなされることがある。もちろん、靖国神社が宗教施設である限り、そんなことができるはずはない。宗教法人でなくしてしまえばよいという議論もあるが、それは間違っている。靖国神社は明らかに宗教性を色濃く持った施設であり、単に宗教法人か否かという形式が問題なのではない。どうしても国の機関にするのであれば、鳥居の撤去や名称の変更は当然である。加えて、民間施設だからこそ、戦前に靖国神社が国家神道の名の下に多くの人々を戦場に送ることに重要な役割を果たしていたことが不問に付されている。国の機関にするのであれば、その総括は国として避けられない。靖国神社を心の拠り所にしている遺族の皆さんのためにも、靖国神社はいまの神社のままがよいと思う。
靖国参拝の問題と直接関係するわけではないが、国立の追悼施設建設の問題がある。平成14年に当時の福田康夫官房長官の下で検討された「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」によって、建設すべきとの結論が取りまとめられた。私は、是非この結論の趣旨に沿って建設すべきだと考えている。
まず、この国立追悼施設建設について靖国神社は反対を表明している。しかし、国が民間人犠牲者を含む戦争の犠牲者の追悼施設を造ることに対し、兵士を祀り、かつ民間の宗教法人である神社が反対することは理解できない。
先の戦争についての記憶が風化してくるなかで、あの戦争の悲惨さを思い、二度と繰り返さないとの誓いをするために、そして、沖縄にある「平和の礎(いしじ)」のように、日本側の兵士だけでなく、連合国やその他の国々の兵士、空襲や原爆投下などで亡くなった80万人の市民も含めて、戦争犠牲者を広く追悼するための施設が是非とも必要である。あまりにも貧弱で、いつ行っても悲しい気持ちにさせられる現在の千鳥ヶ淵墓苑を拡充して、追悼施設としての性格を併せ持たせることも検討されてよいと思う。
私は、数年前に沖縄の平和の礎を訪れたときのことを思い出す。潮風が吹く平和祈念公園に建設された石碑には、沖縄戦で亡くなった20万人の人々の名前が刻まれている。兵士の名もあれば女性、子どもも含む沖縄市民の名もある。日本人、朝鮮人、米国人、中国人など区別することなく名前が刻んである。岸壁に打ち寄せる波の音が、亡くなった人々の無念の思いを伝えるように聞こえてくる。戦争の悲惨さ、愚かさをしみじみと実感させる一時だった。
もちろん、小泉総理のように、新たな追悼施設を造っても靖国神社参拝は続けるという総理はこれからも出てくるかもしれない。そういう意味では、国立追悼施設建設は靖国問題の解決に直結するものではない。しかし、あの悲惨な戦争について、国として何の施設も持たないということは、犠牲となった人々に対してあまりにも申し訳ないと思う。あの悲惨で愚かな戦争を世代を超えて記憶に留めるために、政治家として建設実現に向けて努力を続けたいと思う。
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