日中友好7団体訪中団の一員として中国を訪問 日中友好7団体訪中団(団長=橋本龍太郎元首相)の一員として、中国・北京を訪問しました。私は7団体の1つである日中友好議員連盟の副会長という立場で、自民党の高村会長や公明党の太田副会長らとともに参加しました。北京では胡錦濤国家主席との会談に出席しましたが、胡錦濤主席が「中国は未だ開発途上国であり日本の支援を必要としている」「20年間の日中友好に関し私たちの感謝の気持ちを伝えてもらいたい」と語っていたのが印象的でした。7団体の会長である橋本さん(日本国際貿易促進協会会長)や平山郁夫さん(日中友好協会会長)、辻井喬さん(日本中国文化交流協会会長)らがそれぞれ自分の思いをお話しになり、残念ながら私が会談で発言する機会はありませんでした。会談後、胡錦濤主席と立ち話をする機会がありましたので、日中両国民の排他的ナショナリズムが過激にならないよう沈静化させる努力が両国指導者には必要だと申し上げました。
午後から、毎年開催している民主党三重県第3区総支部の定期大会を開催しました。定期大会に先立ち支部役員会を開き、1人が退任4人が新幹事として就任いただきました。定期大会では党員・サポーターの方からご意見をいただきました。メール問題に関連して永田議員の進退について「辞めるべきだ」、「辞める必要はない」と両意見が出ました。私からは、議会での発言で議員を辞めさせるということは、発言がし難くなる旨の説明をしました。また、次期代表戦に出馬するのかと質問があり、選挙の責任を取って辞任した私が出ることはないと答えました。
薬害エイズ裁判和解10周年の記念集会に民主党から菅直人さん、家西悟さんとともに出席しました。1980年初判以来の7年間の社会的差別の中での判決を経て、国・製薬会社がその責任を認め和解が成立したのが10年前の3月29日でした。家西さんはじめ関係者のみなさんのスピーチを聞きながら、今までの関係者の苦労と苦しみを改めて思い、決して繰り返してはならないとの決意を新たにしました。
民主党NGO議連を立ち上げ
民主党NGO海外活動推進議員連盟の第1回総会を開催しました。会長には私が就任し、事務局長には西村智奈美衆院議員が就任しました。
我が党は、今までに様々な形でNGOと連携してきましたが、組織として継続的な関係構築には至っていませんでした。NGO議連は、国際的な活動をしているNGOに対する党の支援窓口として、NGOの皆さんと交流を深め、日常的な協力関係を築くことを目的として立ち上げました。 総会では、難民の緊急人道援助などを行っているピースウィンズ・ジャパン統括責任者の大西健丞さんと、開発途上国の農村開発や教育支援などに取り組んでいる日本国際ボランティアセンター代表の熊岡路矢さんから大変興味深いお話を聞きました。
大西さんは「ジャパンプラットフォーム(政府・経済界がNGOを財政的に支援する仕組み)が設立され、迅速な資金調達が可能になった」と評価する一方、「一般の人からの寄付は特定の団体に偏っており、NGOへの寄付は未だに少ない。数10億円の寄付金は使われていない」と寄付の問題点を指摘しました。 熊岡さんは政府のNGOに対する支援について「89年に導入された草の根無償資金協力などによって、ODA(政府開発援助)からNGOに資金が流れるようになったが、支援スキームにはまだまだ限界がある」と述べ、さらなる支援の必要性を指摘しました。
今後は、幅広い分野のNGOと意見交換を行い、NGOの海外活動に対して政治ができることを積極的に行っていきたいと考えています。
鄭必堅・前中国共産党中央党校副校長と懇談/予算委員懇親会
新日中友好21世紀委員会の中国側座長として来日中の鄭必堅(てい・ひつけん)前中国共産党中央党学校副校長と懇談し、台湾問題を含む日中関係や日中の国民感情について有意義かつ率直な意見交換をしました。鄭先生は故・胡耀邦元主席、江沢民前主席のブレーンとしてご活躍され、いまも胡錦濤主席に最も影響力のある有識者の1人です。
夜、細川律夫筆頭理事の呼びかけで、予算委員会の民主党委員の懇親会を開催しました。メール問題にマスコミの関心が集中するなかで、充実した審議を貫いた同志として大いに盛り上がった会合になりました。最後に党の再生と後半国会の充実を誓い合って散会しました。