1.訪問期間
2007年8月14日(火)〜19日(日) 6日間
2.訪問国
ミャンマー連邦、カンボジア王国
3.訪問団構成
団 長 岡田 克也 衆議院議員(民主党NGO海外活動推進議員連盟会長)
団 員 原口 一博 衆議院議員(同会員)
団 員 小宮山 洋子 衆議院議員(同役員)
団 員 西村 智奈美 衆議院議員(同事務局長)
事務局 大塚 英二 秘書(岡田克也事務所)
4.目的
NGO議連では、2006年3月の設立以来、12回にわたりNGOや国際機関からヒアリングを行ってきたが、NGO活動に対する理解をより一層深めるため、海外視察を実施することとした。多くの日本のNGOが東南アジアにおいて貧困削減に取り組んでいることから、今回はミャンマー及びカンボジアを訪問し、両国における日本のNGOによる支援活動の現場を視察した。また、両国において人道支援を展開している国際機関などからも意見を聴取した。
5.訪問先
(1) NGO活動視察
・ (社)セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン(SCJ) 「子どもの健康と栄養事業」
・ (特活)アムダ(AMDA) 「マイクロクレジット・母子保健事業」
・ (社)シャンティ国際ボランティア会(SVA) 「スラム教育文化支援事業」
・ (特活)難民を助ける会(AAR) 「障害者自立支援事業」
・ (特活)日本国際ボランティアセンター(JVC) 「農業・農村開発事業」
(2) 意見交換
・ 国連難民高等弁務官(UNHCR)ヤンゴン事務所
・ 国連世界食糧計画(WFP)ミャンマー事務所、WFPカンボジア事務所
・ (特活)スクール・エイド・ジャパン(SAJ)
・ 在ミャンマー日本大使館、在カンボジア日本大使館
6.活動報告 ※NGO議連の視察報告書はこちら(PDF)
■8月14日(火)
NGO議連の会長として、メンバーの原口一博、小宮山洋子、西村智奈美各衆院議員とともに、ミャンマー・カンボジア歴訪の旅に出発。今回の訪問では、両国における日本のNGOによる支援活動を視察する。
午前11時の飛行機で成田を出発。バンコクを経由してヤンゴンへ。現地時間の夜8時、降りしきる豪雨と雷の中、ヤンゴン空港に到着。大使公邸に向かう途中の信号待ちでは、大雨にもかかわらずジャスミンの花飾りを売る少年が車に近寄ってくる。公邸に到着後、小田野大使とミャンマーの政治経済情勢について意見交換。小川参事官から2日間のミャンマー日程について説明を受ける。ミャンマーは各国が経済制裁を行なっており、日本も大型のインフラ整備などは控えている。その結果、援助はNGOを通じた草の根的なものが中心とならざるを得ず、大使館とNGOとの連携が日本の大使館としては例外的にうまく行なわれていることが特徴だ。夜の9時半にホテルに着く。移動だけで12時間を要した長い一日となった。
■8月15日(水)
旅の疲れを癒す間もなく朝6時半にホテルを出発。今回訪れる東南アジアの農村部では、デング熱が流行っているため、体中に防虫スプレーを吹きかけて視察に備える。
車で4時間ひた走り、セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン(SCJ)の活動サイトであるバゴー管区ジゴン地区に到着。SCJ事務所にてブリーフィングを受けた後、ジゴン町の病院を訪問。病院の医師の案内で、日本NGO支援無償支援資金協力で設置されたソーラーシステムや、入院病棟などを視察する。この病院では、SCJの支援で助産婦の妊娠中・出産後のケア研修が行われており、これまでに14人の助産婦が研修を終えたとのこと。
狭い農道を抜けてタピィーセイン村のクリニックを訪問。ここでは、看護士による栄養・保健教育が行なわれている。クリニック内の壁には多くの啓発ポスターが貼られている。保健に関する情報が極めて少ないミャンマーの農村部では、このような医療施設は人々が生活する上で非常に重要だ。外にはNGO支援無償によって設置されたトイレと井戸があり、衛生環境が改善されていることがうかがえる。
SCJの事務所でスタッフの皆さんが用意してくれたミャンマー料理をいただいたあと、ワッサポー村に移動。新設の地域保健所を視察。この保健所は46村、1万6000人をカバーしており、分娩室も設置されている。
次に訪れたカンニーコ村のクリニックでは、子どもを持つ家庭やコミュニティーを対象とした健康・栄養改善事業が行なわれていた。ここでも壁には多くの啓発ポスターが貼られている。天井から吊るされた袋に入れて行なう子どもの体重測定の様子を看護師が見せてくれた。集まった女性達から話を聞くと、研修のおかげで子ども達は健やかに育っているとのことだった。ある40歳位の女性に「元気な赤ちゃんですね」と声をかけると、「4人目の子どもです。いままでの3人とは成長が全然違うんです」と嬉しそうに語ってくれた。子ども達の笑顔からは、NGOの活動が目に見える成果を出していることがうかがえる。
バゴーでの視察が全て終わり、夕方ヤンゴンへ戻る。途中ミャンマー最大の黄金の仏塔、シュエダゴン・パゴダに短時間立ち寄る。雨季の東南アジア特有のスコールに降られたため、寺院の床が氷のように滑る。ミャンマーでは誕生日よりも誕生曜日の方が重要なため、自分の誕生曜日の神様が祭られた祭壇に水をかけてお参りする。
夜はヤンゴン市内でNGO議連主催の夕食会を開催。ミャンマーで活動しているNGO8団体と日本大使館の皆さんにお集まりいただき懇談。非常に厳しい環境にもかかわらず、多くの日本の若者がしっかりと活動していることに、改めて感心させられる。
■8月16日(木)
早々に朝食を済ませ、朝5時にホテルを出発。多くの托鉢僧に出会う。ミャンマーは敬虔な仏教国であることを実感する。ヤンゴン空港でAMDAの皆さんと合流し、6時15分の国内便で中央乾燥地帯のニャンウー(バガン)へ向かう。AMDAのニャンウー事務所に立ち寄った後、活動サイトのメッティーラを目指す。4WD車で悪路を延々と走り、3時間かけて視察地に到着。
最初にメッティーラ県立総合病院を訪問。以前はこの病院には小児病棟がなく、十分な小児医療が実施できない状況であったが、99年にAMDAの支援によって小児病棟が建設された。AMDAは入院している子ども達への栄養給食の提供をはじめ、医療器材の供与、医療スタッフへの研修も行なっている。栄養価の高い食事は、子ども達の早期回復につながっているという。他の病室も視察したが、一般の患者と同じ部屋に結核の疑いがあるという患者が寝かされていた。
午後からはフローピューカン村へ移動し、マイクロクレジット事業を視察。マイクロクレジットとは、貧困状態にある人々に無担保で少額の融資を行い、小規模の経済活動を支援する制度。AMDAはメッティーラ市内の34村、1400人の女性を対象にこの事業を実施。融資以外にも保健教育などを組み合わせた包括的な活動を展開している。集まった女性達から話を聞いた後、融資を元手に営まれている養豚や小売店などを実際に見て回る。マイクロクレジット事業は、ノーベル平和賞を受賞したバングラデシュのムハマド・ユヌス氏によるグラミン銀行があまりにも有名。お金を借りることで生活の改善の第一歩が可能となり、また、事業計画をきちんと立てて実現し、借金を返済していく中で、人々の意欲が引き出されるということがよく分かった。
次に住民参加型の母子保健事業が行われているサッキンポー村を訪問。村人達が道の両脇に並んで歓迎してくれる。ここではAMDA、JICA、ミャンマー保健省の協力によって建設された補助保健センターを視察。地域住民と保健行政の連携のもと、診療活動、保険基金の活用、栄養不良児に対する栄養給食プログラムなどが実施されている。村人達の明るく元気な姿を見ると、日本のNGOがいかにきめ細かい活動を行なっているかがよく分かる。
メッティーラでの視察を終え、ニャンウーに戻る。途中、またしても激しいスコールに見舞われる。
夜はシャン料理の人形劇レストランで夕食をとる。シャン料理とは、ミャンマー東北部の代表的な料理で、見た目は中華に似ているが、味付けは甘くマイルで非常に食べやすい。お店から出ると物売りの子ども達に囲まれる。一人の少女にせがまれて、カエルの置物を1ドルで買う。
■8月17日(金)
朝6時半にホテルを出発し、ニャンウー空港へ向かう。途中バガン遺跡の一つ、アーナンダ寺院を駆け足で訪問。バガンには約2000のパゴタが存在するが、アーナンダ寺院はその形状から最も美しい寺院と言われている。本堂には高さ9.5メートルの仏像が東西南北に1体ずつそびえ立つ。
朝7時35分の飛行機でマンダレーを経由してヤンゴンへ戻る。ヤンゴン市内にて、国連難民高等弁務官(UNHCR)ヤンゴン事務所代表と、国連世界食糧計画(WFP)ミャンマー事務所代表らから、活動内容についてブリーフィングを受ける。NGOとも連携を密にして支援活動を展開しているとのこと。軍事政権支配下のミャンマーにおける人道支援の難しさや、国際社会による経済制裁の是非などについても議論を交わす。
ミャンマー日程を全て終え、午後1時50分の飛行機でヤンゴンを飛び立つ。バンコク経由で次の視察地カンボジアへ向かう。夜7時30分、プノンペンに到着。15年ほど前にカンボジアを訪れたことがあるが、当時はポルポト派も勢力を保っており、プノンペンも内戦の傷跡が生々しく残っていた。大きく変わったプノンペンの街並みには驚かされた。大使公邸で夕食をとりながら最近のカンボジア情勢について篠原大使らと意見を交わす。篠原さんはカンボジアの専門家であり、フンセン首相などとも率直に話ができる貴重な存在である。
■8月18日(土)
朝7時半にホテルを出発し、プノンペン市内にあるシャンティ国際ボランティア会(SVA)の事務所に移動。二人の日本人スタッフからカンボジアでの取り組みについて話を聞く。いずれもカンボジアに20年以上かかわってきた人達だ。日本のNGOには、カンボジアの内戦とそれに伴う難民支援をきっかけとしてスタートしたものが多い。カンボジアは日本NGOのルーツでもある。SVAは主に図書館事業、学校建設、スラム教育文化支援などを行なっており、今回はスラムの活動を視察する。
車で1時間ほど走り、視察地のアンドンスラムに到着。プノンペンには750以上のスラムがあり、都市の人口の30%に相当する40万人がスラムに暮らしている。このアンドンスラムには、およそ574世帯、2,870人が居住しているという。スラムの中を歩くと、粗末なバラック(小屋)が立ち並ぶ光景が続く。水道、下水、電気もなく、不衛生な環境のため病気の発生率も高い。栄養失調のため髪の毛が脱色している子ども見かける。
しばらく歩くと、家の日陰でSVAによる紙芝居活動が始まっていた。多くの子ども達が身を寄せ合って熱心に観ている。時折子ども達の大きな笑い声が響く。SVAは、アンドンスラムの1,000人以上の子ども達を対象に、絵本、紙芝居、ゲーム、歌などのレクリエーション活動による心のケアと学習支援を行なっている。絵本や紙芝居の読み聞かせは子ども達に知識を与えるだけではなく、生きていく上で大切なことを教える。学校に通えない子ども達にとって貴重な機会だ。
午後からは、難民を助ける会(AAR)が支援する障害者のための職業訓練校を訪問。この訓練校は93年に開校。縫製、電気製品の修理、オートバイ修理の3コースを設け、地雷の被害者やポリオの後遺症等で障害を負った人々のための技術訓練を実施している。同時に卒業後の自立を目的とした識字教育や社会知識の学習も行なわれている。長年の活動でカンボジア人スタッフが育ったため、現在AARは日本人駐在員を置かずに、現地スタッフが運営している。
カンボジア人の校長先生から説明を聞いた後、校内を案内してもらう。縫製教室では訓練生がミシンを使って縫製する様子を見学。訓練生が作ったショルダーバッグは非常によくできている。片手を失った少年が、器用にミシンを使って頑張っている姿は印象的だった。
続いて電気製品修理の教室を見学。自身も地雷の被害者である青年がテレビの修理方法を教えていた。彼は日本への留学経験があり、日本語で挨拶してくれた。
次に車椅子工房を見学。ここでは、地方に住む障害者のために、車椅子の製造、配布、修理を行なっている。障害の状態に応じて数種類の車椅子が作られている。実際に乗って動かしてみたが、非常に頑丈に作られていた。ここでもスタッフの多くが障害者だ。
最後に縫製コースの卒業生が経営するお店を訪問。訓練校で学んだ技術や知識を活かし、立派に自立している。優秀な卒業生のお店に生徒が弟子入りする制度もあるという。NGOによる地道な活動が実を結んでいることを実感する。
今日3箇所目の視察地であるWFPのプノンペン倉庫を訪問。WFPとスクール・エイド・ジャパン(SAJ)から学校給食事業について説明を受ける。WFPは、2006年からSAJと連携して、15の小学校の3,950人の児童を対象に給食を支給。学校で食べる給食のほか、小学生の子どもを持つ380の家庭に持ち帰り給食も支給している。
続いてWFPの巨大な倉庫群を視察。テントやゴムボートなどの救援物資や、お米や缶詰などの食糧が大量に貯蔵されている。地震や洪水などの自然災害、戦争や紛争、難民危機などの緊急事態がアジアで発生した場合、ここから物資や食糧が支給される仕組みになっている。日本政府から提供されたお米や魚の缶詰も貯蔵されている。敷地内には、国連本部からの緊急情報を受信するための大型アンテナや、食糧などを輸送するトラックやコンテナも配備されており、緊急時に迅速に対応できる体制が整っている。まるで巨大な国際物流会社のようだ。
視察を終えプノンペン空港へ向かう。夜6時の飛行機で最終視察地のシェムリアップに移動。シェムリアップには、世界遺産のアンコール・ワットやインドシナ最大のトンレサップ湖などがあることから、毎年多くの観光客が訪れる。空港からホテルへ向かう途中の道には、観光地らしくリゾートホテルやレストランが建ち並ぶ。15年前に来た時に、地雷の危険を警告する看板が立ち並び、まともな宿泊先はなかったのと比べると、驚くべき変化だ。
■8月19日(日)
いよいよ最終日。午前中はNGO活動、午後はアンコール遺跡を視察する。朝8時、アンコール研究の第一人者の石澤上智大学学長と懇談。長年取り組まれてこられたアンコール遺跡の修復・保存活動について話を聞く。
日本国際ボランティアセンター(JVC)のスタッフと合流。視察する農業・農村開発事業について説明を受ける。JVCは80年代初頭からカンボジアでの活動を開始。現在は持続的農業・農村開発活動などを行なっており、農民が本業の農業によって生計を立て、自らの力で食糧を確保することができるよう支援している。シェムリアップ県では、東部の稲作地帯の35箇村で活動している。
車で40分ほど走り、活動サイトのドムライチョロン村に移動。この村では、約7割の世帯が稲作で生計を立てているが、十分な農地を確保できないなどの理由で、自給が可能な農家は半数ほどしかない。そのため、隣国のタイやマレーシアに出稼ぎに行く人も少なくないという。訪れた農家では、JVCが推進している幼苗一本植え(若い苗を一本ずつ植える栽培方法:SRI)が行なわれていた。JVCは、他の農村でこの方法により収穫量を2倍にさせた実績がある。しかし伝統的なやり方を変えるのは容易ではなく、実績を示しながら保守的な農民を説得していかなければならず、その苦労は大変だ。
次にJVCが研修を行なっている家庭菜園とエコロジカル養鶏を視察。農家では、生態系に配慮し、農薬や化学肥料を使わず野菜栽培と養鶏が実践されている。JVCによる研修の成果で、見事に整理された菜園や、豊作となった稲作もあった。しばらく稲作地帯を歩くと、村人達が共同で田植えをしている光景に出くわす。声を掛けると笑顔で手を振ってくれた。
次にトーティア村に移動し、村人達による料理コンテストの様子を見学。自分が育てた食材や自然から採取した食材を使って、栄養バランスの良い、安全で美味しい料理を作って競う。試食をさせてもらったが、どの料理もとても美味しかった。正直言って、ここで食中毒になるかなと覚悟したが、今回も私は体調不良になることなく元気に帰国できた。
視察終了後、クメール料理のレストランで昼食をとる。ここの日本人オーナーは、カンボジアで支援活動を行なっているNGO「るしな・こみゅにけーしょん・やぽねしあ」の代表でもあり、バッタンバン州において農村コミュニティー開発や農業改良、保健事業に取り組んでいる。素晴らしいカンボジア料理だった。
午後からはアンコール遺跡群を視察。まずアンコール・トムのバイヨン寺院を訪れ、日本政府アンコール遺跡救済チーム(JSA)団長として、長年アンコール遺跡の修復・保存活動に取り組んでいる中川早稲田大学教授に案内してもらう。続いて、上智大学アンコール遺跡国際調査団の案内で、アンコール・ワットを視察。最後に上智大学研究所で、今年の11月にオープンするシハヌーク・イオン博物館に展示予定の国宝級の仏像を見学する。
今回のミャンマー・カンボジア視察で感じたことは、まず、アジアも様々だということ。日本・韓国はもちろん、経済開発に成功しつつある中国の沿岸部やシンガポール・タイなどもあれば、ミャンマー・カンボジアのように極めて貧しい人々がやっとの思いで生活している国々もある。ミャンマーは軍事政権であり、民主主義とはほど遠い。カンボジアも日本の援助にもかかわらず、なかなか良くならないし、政府や役人の腐敗も指摘されている。日本の果たすべき役割は沢山ある。
しかし、子どもや女性達が明るい笑顔を見せてくれたのは嬉しかった。日本のNGOの若者達も本当に頑張っていると改めて認識した。ハードなスケジュールだったが、日々の忙しい生活から離れて、自分を見つめ直すいい時間だった。ご協力いただいた関係者の皆さんに心から感謝します。
※ブログ「TALK-ABOUT」もご覧ください。
新しいポスター――ミャンマーの子どもたちとの写真(2007年9月28日)
ミャンマー――長年の軍政への不満・抗議が出てきた(2007年9月25日)
アジア視察――しっかり前を向いて歩いている人たちがいる(2007年8月21日)
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