活動報告
1999/2000/2001/2002/2003/2004/2005/2006/2007/2008
 
2004年12月 2日
ベルンハルト・ツェプター駐日欧州委員会代表部大使の表敬訪問を受け、大使からはEU憲法を例としたヨーロッパの変化の早さ、EUの政策の優先順位等について説明を受けました。その中で、農業を例に とった地域の自立についての話は大変興味深く、参考になるものでした。

ファクソン・シャメンダICFTU(国際自由労連)会長らの訪問を受け、宮崎でのICFTU世界大会開催や公務員制度改革などについて会談、意見交換を行いました。会談は非常に友好的な雰囲気の中で行われ 、党公約でもある公務員の労働基本権獲得のために努力していく意志を改めて表明しました。

  3日
イラクへの自衛隊派遣延長に反対する活動の一環として、衆議院第二議員会館と新宿駅東口にて演説を行いました。派遣延長について国民への説明責任を果たそうとしない総理と与党を厳しく批判すると、 お集まりいただいた皆様からは大きな拍手が巻き起こりました。

党本部にて両議員懇談会が開かれ、今月19日開催の党大会の議案などについて質疑を行いました。冒頭の挨拶では小泉総理の説明責任を果たそうとしない政治姿勢、自衛隊派遣、政治とカネ、災害対策 を主な課題として取り上げました。

  4日
山形県を訪れました。米沢市では次世代ディスプレイとして注目を集める有機ELの研究所を訪問した後、地元企業の皆様と活発な意見交換を行いました。また、問題のある公共事業の一例として、スーパー 林道を視察するとともに、陸上自衛隊第六師団神町駐屯地を訪れ、幹部および隊員の留守家族の皆様と率直な意見の交換を行いました。
  9日
小泉総理と党首会談を行いました。横田めぐみさんの遺骨が本人のものでなかったと問題について「きわめて遺憾で重大な問題」とした上で食料支援の即時凍結と経済制裁を視野に置いた北朝鮮への対応 すべきと述べたところ、総理は「経済制裁の声はあるが、対話と圧力の両方がある」「(食料支援を)今すぐ実施する考えはない」との発言がありました。また自衛隊の派遣延長問題については、説明責任を十 分に果たしてないのではないかと厳しく指摘するとともに、このような形ではなく、国会での説明責任を果たすべきであるとし、13日のイラク特での質疑への出席を強く求めましたが、総理は「説明の時期は色 々ある」と述べるにとどまり、従来と何ら変わらない言葉を繰り返すだけのきわめて不本意な会談でした。
  10日
都内にてドイツのシュレーダー首相と会談しました。国連改革について、日独両国の常任理事国入りに同意を表明するとともに、EU・米国・中国等に関する論点について充実した意見交換を行いました。
  13日
政府が9日に閣議決定したイラクへの自衛隊派遣延長について衆院イラク特で集中審議が行われ、質問に立ちました。まず小泉首相の出席を強く求めたにもかかわらず実現しなかったことについて「国会を 閉じるまでは(派遣延長を)決めていないとして基本的な答弁を逃げ、審議もせずに先送りし、決めてからこういう形で委員会を開く。しかも総理は出てこない」として国民への説明責任を果たそうとしない小泉 総理を厳しく断じました。またサマワにおいて今後一年間戦闘行為が行われないと判断した根拠について方向を変えつつ質問を重ねましたが、何ら根拠は示されませんでした。さらにオランダ軍撤退後自衛隊 の安全確保に関する質問では「イギリス軍と検討したい」とするだけで今現在安全確保策が確定していないことが明らかになりました。
  13〜18日
民主党代表として初めてアセアン4カ国を訪問しました。民主党はアジア外交を重視する姿勢をとっていますが、今回はより幅広く奥の深いアジア外交展開のため下記4カ国を訪問し、日本とアセアンのさらな る関係発展のために一層の友好・協力関係を深めるべく各国の指導者・政府要人と真摯な意見交換を行ってきました。
・14日:シンガポールでリー・シェンロン首相兼蔵相、ジョージ・ショー外相らと会談
・15日:マレーシアでマハティール前首相との会談及び新行政首都、国家プロジェクトのマルチメディア都市サイバージャヤ、マラッカ海峡の視察
・16日:タイでタクシン首相、スラキアット外相、アピシット民主党副党首との会談及びチュラコンロン大学安全保障・国際問題研究所での講演
・17日:インドネシアでバクリー経済担当調整相、ウィラユダ外相、ギナンジャール地方代表議会議長と会談
  19〜20日
福岡市にて2005年定期党大会が開催されました。19日は地方代議員・特別代議員総会冒頭の挨拶で来年は政権交代の基礎固めとなる重要な一年であるとの認識を示し、そのために何をすべきかについ ての活発な意見交換を求めました。また20日には衆院福岡2区補選予定候補の平田正源さんとともに福岡市内で街頭演説を行い、政権交代の必要性を強く訴えるとともに、その後の大会本会議では「柔軟 性を持ちながら決断すべきときは決断するリーダーになる。日本改革のリーダーとして、日本の改革、復活を国民の皆さんに約束する」と述べ政権獲得への強い決意を改めて示しました。
  20日
党大会の終了後大阪に向かい、大阪市内で秋山関西経済連合会長ら関西経済代表者の皆さんと懇談を行いました。秋山会長は「二大政党時代の民主党に大いに期待している」と述べるとともに、自民党と は違う立場から政策を作る必要性を指摘され、二大政党の一方として民主党に寄せられる期待を改めて感じました。また地方分権、定率減税の廃止などについて活発な意見交換を行いました。
  21日
党本部にてロバート・ライト駐日カナダ大使らの表敬訪問を受けました。大使からは民主党のマニフェストに強い感心が示された他、FTAの締結やカナダにおける財政再建政策、国連平和維持活動など内政・ 外交の幅広い分野にわたって意見の交換を行いました。
   

2004年11月 3日
岡山・広島両県を訪れました。岡山では自主防災会主催の防災訓練に参加し、子どもたちとバケツリレーなどの実地訓練に汗を流しました。また、倉敷市では、市長とともに県内の産廃処分場を視察しました。この処分場には台風による大量のゴミが仮置されており、こういった災害ゴミ処理のため政府にさらなる対応を促すべきと感じました。広島県福山市ではゴミを固形燃料に加工する工場や金属への焼き入れ技術を駆使した最先端の工場などを見学しました。
  4日
新潟中越地震災害復旧義援活動の一環として、銀座有楽町マリオン前にて街頭募金活動を行いました。被災者生活再建支援法改正案の提出やNPOとの連携など具体的な支援活動を引き続き行ってゆく決意を表明するとともに、自ら募金箱を手に被災地への暖かい支援を訴えました。
ベーカー駐日米国大使を表敬訪問し、ブッシュ大統領の再選について「日米関係の重要性を踏まえて日米関係発展に尽力してくださることを期待したい」と述べた上で、より国際協調を重視した世界の平和と安定へ向けた努力への期待感を示しました。
  6日
大分県を訪れ、豊後高田市の「昭和の町」商店街や児童養護施設「光の家」を訪問しました。また、大分市で、広瀬知事・釘宮市長と地域の活性化などについて意見交換をした後、市内で開催された民主党大分県連大会で講演を行いました。講演後の質疑応答では有事への対応から年金、若年層の雇用まで幅広い分野で活発な意見交換を行いました。
  7日
埼玉県朝霞訓練場で陸上自衛隊観閲式に、野党党首として初めて参加しました。
  8日
党本部にて来日中の周強中国共産主義青年団中央委員会書記処第一書記と日中関係をめぐり意見交換を行いました。次の総選挙後での政権交代の意気込みや現政権との違い――日米同盟を維持しながらも、アジア重視の視点を大きく打ち出す――を強調し、日中関係重視の姿勢を改めて示しました。
  10日
総理と党首討論を行い、イラクでの人質殺害事件における総理の対応・年金改革・イラクからの自衛隊撤退について議論を交わしました。年金問題については国民年金も含めた一元化実現を求め、厚生労働委員会での集中審議を求めましたが、総理はあいまいな答弁に終始し、またイラクからの自衛隊撤退についての議論で、非戦闘地域の定義を問うたところ、「自衛隊がいる所が非戦闘地域」などと総理としてとても考えられない発言が飛び出し、場内からは失笑が漏れる有様でした。
  11日
党本部にてグレアム・フライ駐日英国大使の表敬訪問を受けました。大使とはイラク情勢をはじめ、日本の平和維持活動、政府開発援助(ODA)、国連安保理の常任理事国入りなどについて意見交換を行いました。
  13日
千葉県を訪問しました。まず市原市では残土処分場や不法投棄現場4ヶ所を訪れ、県の関係者から廃棄物の現状についての説明を受けるとともに、現場の人たちの訴えに耳を傾けました。その後千葉市内で開かれた市民集会に参加し、年金・イラク・政治とカネの問題について民主党の考え方を説明するとともに、参加者の皆さんから多くのご質問をいただきました。さらに成田市では、保健福祉館を視察。市長らの説明を受けながら、多目的ホールで合唱練習中の人たちや簡易マザーズホールを訪れてい方々から様々な要望をいただきました。
  14日
代表としての党務の合間を縫って、地元4ヶ所で後援会地区別幹事総会を開催しました。国会での小泉総理との党首討論などについて報告をするとともに、会場の皆様からは心強い励ましの声を頂きました。
  15日
大阪府を訪れました。午前は釜ヶ崎地区でNPOや現地職員からホームレス支援の現状と問題についての説明を受け、現行のホームレス支援法を見直し、より現実に即したものとするための法改正の必要性を感じました。午後は大阪刑務所を視察し、当面の課題や刑務所改革について幅広い意見交換を行いました。また、夕方からは民主党大阪総連合支部主催の講演会で講演し、政権交代の必要性を改めて訴えるとともに、お集まりいただいた300名以上の皆様と充実した質疑応答ができました。
  17日
今国会三度目となる党首討論を行い、拉致事件・イラク戦争・地方分権・政治とカネの問題を取り上げ総理を追及しました。特に野党三党共同提出のイラク特措法廃止法案の本会議での採決を強く求めましたが、総理は時間稼ぎ、開き直りの答弁を繰り返しました。また、政治とカネをめぐる問題については、総理は自民党の迂回献金の実体についての調査を受け「脱法行為はなかった」と珍しく断言したものの、迂回献金の禁止には反対するなど納得のいく答弁は得られませんでした。
  18日
都内にて全国知事会の梶原岐阜県知・増田岩手県知事・國松滋賀県知事・片山鳥取県知事・堂本千葉県知事の5知事と懇談し、いわゆる三位一体改革について意見交換を行いました。知事会側からは、政府・与党の一体性のなさに厳しい意見が相次ぎました。
  20日
富山・石川両県を訪問しました。富山市内では、県経済関係の皆様と地域経済の現状・将来について意見交換し、政権交代への大きな期待を改めて感じました。次に、新湊市でのSTプロダクツ鰍フ工場で最新の金属加工技術を見学した後、石川県金沢市内の県連主催の集会で講演し、来年が政権交代に向けての「本格的な戦いの一年」になるとの決意を示し、さらなる支援を訴えました。
  21日
新潟県中越地震で大きな被害を受けた十日町市を訪れました。病院や避難所などをこまめにまわり、被災に遭われたお一人おひとりを励ますとともに、その切実な声を真摯に受け止めました。その後十日町市役所で市長から被災状況についての説明を受け、現在、民主党が国会において被災者生活再建支援法を提出するなど行動を起こしていることを紹介しつつ、今後も党として幅広く積極的な支援に取り組んでいくことを約束ました。
  22日
山口県を訪問しました。山口市では中外炉工業(株)で木質バイオマス発電の施設を見学し、エネルギーの地産地消を目指した取り組みについて勉強させていただきました。人口の4割を高齢者が占める周防大島町では、同町が取り組んでいる高齢者モデル居住圏構想について説明を受けたほか、椋野北地区学習館で地域の皆様と交流を深めました。さらに周南市では帝人ファイバー(株)を訪れ、最新のペットボトルリサイクル技術に感銘を受けました。
  25日
衆議院イラク特別委員会で質問に立ち、自衛隊の派遣延長について首相に問い質しました。派遣延長の閣議決定前には、党首討論や特別委員会で説明責任を果たすように要求しましたが、総理は明確な答弁を回避しました。
  27日
滋賀県を訪問しました。愛東町ではバイオマスによる循環サイクルを目指す「あいとう菜の花エコプロジェクト」を見学するとともに、ナタネ燃料で動くトラクターに自ら試乗し、排ガスにも手を当てて環境への優しさを体感しました。また大津市内では党県連主催のパーティーで講演し、会場の参加者と活発な意見交換を行いました。その後京都で民主党・京都府総支部連合会の定期大会でご挨拶をさせていただき、先の参院選挙へのご尽力に対するお礼を述べるとともに、次の総選挙で政権交代を実現する決意を改めて表明し、さらなるご協力をお願いしました。
  28日
奈良県を訪れました。奈良市のNPO「奈良NPOセンター」では子どもが自ら楽しみ、能動的な学びに取り組む「子どものためのアートプログラム」に子ども達とともに参加、自らの少年時代を思い出しながら工作や子ども達との会話を行いました。また、保護者の皆様との懇談では、県内で起こった少女の痛ましい事件など、子どもを外で安心して遊ばせにくくなってきている現状や、地域コミュニティーのあり方について意見を交わしました。
  30日
奥田会長・櫻井副会長ら日本経団連の幹部と民主党幹部との間で意見交換会を行いました。私からは政治とカネ、外交政策等についてお話し、櫻井副会長からは「岡田代表就任後、経済界にとって民主党が身近なものになった」と今後への期待感を示されました。

都内にて民主党分権改革推進本部主催の「偽りなき『三位一体改革』を目指す地方分権フォーラム」を開催し、民主党からは私をはじめ川端幹事長、仙谷政調会長など、地方自治体側からは増田岩手県知事をはじめ多くの改革派知事・市長・村長らが出席し、「三位一体改革を本物とするために、いま何が必要か」をテーマに活発な議論を行いました。議論の最後では、マニフェストの共同作成を提案するとともに、これからも連絡を密に意見交換を重ねていくことを誓い合い締めくくりました。

   

2004年10月 2日
地元四日市市内のホテルで、私の代表就任を機に「岡田克也後援会幹事総会」が500名の参加者のもと開催されました。山本幸雄元自治大臣をはじめ県選出民主党国会議員、地方議員、首長の皆さんもご多忙のところ駆けつけていただき、丁重なるお祝いと激励のメッセージを頂きました。私からは、いままでのご支援に対し感謝の念を表すとともに、代表としての最大の使命が「次の総選挙での政権交代の実現」であることを改めて強く訴えました。
  3日
福岡市内で県連主催の「党員サポーター集会」が開催され、800名を越える参加者で会場は熱気に包まれました。集会に先立ち、北九州市の末吉市長と会談し、率直な意見交換を行いました。また、北九州市国際物流特区で規制緩和により24時間通関体制可能になる「ひびきコンテナターミナル」(来春共用開始予定)を視察、事業概要の説明を受け、熱心に耳を傾けました。
  4日
熊本県八代市で市長を表敬訪問し、港湾施設や、ヤマハ熊本プロダクツでの船外機の生産現場などを視察しました。また、相良村の川辺川ダム建設予定地を訪れ、民主党として政府に対し、建設中止を英断するよう求める考えを示しました。
その後、鹿児島県国分市の京セラ工場を視察。最先端の技術を駆使したファインセラミクスの製造工程などについて詳細な説明を受け、丹念に見て回りました。
  7日
王毅駐日中国大使と党本部で会談しました。今後の日中関係改善に向け、さまざまな障害を乗り越え取り組んでいくことを互いに確認しました。

ルナール・ド・モンフェラン駐日フランス大使と会談しました。大使には日本の国連安保理常任理事国入りへの支援表明に対する感謝の意を示すとともに、「国連改革が進み、国連がよりよい機能を果たしていくことが大切だ」と述べ、日仏が協力して国連改革を推進すべきとの認識で一致しました。

  9日
香川・徳島両県を訪れました。香川では台風による被災者の生の声を聞き、災害後のフォローについて暖かみのある対応を行いたいと思いました。また徳島では鳴門市でさつまいもなどの農産物のブランド化が成功している地域を視察するとともに農業集会に出席し、「後継者が育つためにも農業が成り立つようにしなければならず、それが民主党の考える直接支払制度である」と述べ、農家の方々との積極的な意見交換を行いました。
  13日
衆議院本会議で代表質問に立ちました。小泉総理の政治姿勢を皮切りに、外交の基本課題、年金改革や郵政改革など内政上の重要課題、信頼される政治の実現の4つのテーマについて、私の意見を述べるとともに基本的な考え方を総理に質しましたが、その答弁は到底納得のいくものではありませんでした。
  16日
岩手・青森両県を訪れ、県境の産業廃棄物不法投棄現場等を視察すると共に、地域の方々との意見交換を積極的に行いました。不法投棄現場では、国の早期、積極的な取り組みの重要性を指摘しました。また青森県板柳町で開催された全国の元気な農業者の集会にも参加し、民主党へ寄せられる期待の大きさを感じました。
  17日
前日の岩手・青森に続いて福島県を訪問しました。二本松市役所では三保市長と懇談し、国と地方の三位一体の改革について意見交換を行うと共に、民主党の考える地方分権の理念を説明しました。また安達郡の国分農場、岳温泉では、地域が一体となって行われる循環型の農業・産業に深い感銘を受けました。
  18日
経済同友会の会員懇談会に招待され、約120人の出席者の皆様の前で講演させていただき、政権交代への意気込みを語った後、質疑応答で活発な意見交換を行いました。同友会と民主党の政策はかなり共通点があり、今後もお知恵を拝借していきたいと思います。
  23日
地元四日市市内で、「国連改革と常任理事国入りを考える」をテーマに後援会主催のオープンセミナーを開催しました。毎回、講師は私自らが引き受け、会費無料、自由参加で不定期に開催していますが、今回は50名を越える参加者とともに真摯に意見交換もできました。

その後、朝日町・桑名市にて幹事総会を行い、日頃の後援会活動に対する御礼を申し上げるとともに、今後一層交流を深め、活動を活発にしていくことを話し合いました。

  24日
台風23号による大雨の被害が甚大であった兵庫県北部地域を視察しました。特に8000棟以上が床上・床下浸水と被害の大きかった豊岡市では、中貝市長から被害状況の説明を受けるとともに、豊岡公民館を訪ね避難されている方々を激励しました。視察後、被災者の立場で考え、一日も早い復旧を政府に働きかけていくことを決意しました。
  25日
04年新潟県中越地震発生に伴い、急遽当日の予定を変更し、ヘリにて被災状況の視察に向かいました。上空からの視察で状況の深刻さを確認した後、小千谷市・長岡市等を訪れ被災者の皆様を激励するとともに、その要望を真摯に受け止めました。視察後には官邸に直行し、早期の対応策の実施とお年寄り・赤ちゃんなど弱者への特段の対応を講ずるよう杉浦官房副長官に強く要望しました。
  27日
代表就任後初の党首討論に挑みました。イラク邦人人質事件への協力、党首討論のあり方、立て続けに発生した自然災害への対応と被災者支援について総理に質したあと、「政治とカネ」にまつわる問題を重点的に取り上げました。日本歯科医師連盟から旧橋本派への1億円違法献金、自民党ぐるみの迂回献金、政治資金規正法改正問題などについて、政治に対する国民の信頼を取り戻すための厳格な処置を求めましたが、総理は逃げの姿勢に終始し、自ら自民党総裁としてリーダーシップを発揮するという姿勢は全く見られませんでした。

2004年9月 2日 
沖縄県を訪問し、8月13日に発生した沖縄国際大学構内への米軍大型ヘリコプター墜落事故について事故現場を視察するとともに、稲嶺惠一県知事と会談しました。また、「ひめゆりの塔」「平和の礎」等を訪れ、沖縄県民のくぐってきた苦難と平和への希求に思いを致しました。
  7日
「代表の交際費」の支出状況を公開しました。この措置は、民主党が他党に先駆けて取り組んでいる政治資金の透明性向上の一環で、政治に対する国民の理解と信頼を高める観点から、7月に実施が決定されたものです。今回は平成16年8月分の支出が対象になっており、今後原則として月1回、前月分の支出状況につき公開することにしました。

さらに党本部と都道府県連の収支報告も党のホームページ上で公開することになりました。
  10日
表敬訪問に訪れた米国のジェームス・ケリー国務次官補と会談し、日米両国間の懸案の問題について率直な意見交換を行いました。会談の冒頭、私より沖縄で発生した米軍大型ヘリ墜落事故について言及。「あのような人口密集地でヘリコプター発着訓練を繰り返すことは基本的に無理がある」として、普天間基地の早急な移転を要請しました。また同時に、米軍が進める世界的なトランスフォーメーションの中で、沖縄に集中している基地を分散する方向で検討するよう求めるとともに、日米地位協定の改定が必要との認識を強調しました。
  13日
臨時党大会が東京都内で開催され、正式に代表に再選されました。就任演説では、公約として掲げた「民主党改革の方向性」と「2015年、日本復活ビジョン」を改めて提案し、これからの任期2年が、日本の戦後史の中で最も重要な2年間になるよう大きなドラマを作り出したいと述べるとともに、次の総選挙で政権交代を実現することが自分の唯一最大の使命であることを表明しました。また、党三役、次の内閣大臣はじめ主要な人事についても発表しました。
  16日
 国会内で共産、社民両党党首と会談し、年金、イラク問題、自民党旧橋本派の日歯献金疑惑、米軍ヘリ問題など、課題が山積するなか、早急に国会を開いて議論する必要があるとの意見で一致。河野衆議院議長に臨時国会召集要求書を提出しました。
  17日
全国47都道府県の様々な「現場」を訪ね多くの人々と対話を進めることが目的の「全国行脚」第1弾として、愛知、三重の両県を訪問しました。愛知県では開港準備が進む中部国際空港や来年3月開幕の愛知万博の会場を、三重県では半導体を製造する東芝四日市工場と、大型液晶テレビを製造するシャープ亀山工場を視察し、公共事業の新しいあり方や独自の技術力を生かした企業経営について勉強させて頂きました。
  19日
 「党員・サポーター集会」が埼玉県さいたま市を皮切りにスタートしました。集会では、これからの任期2年間は、心を一つに全員野球で政権交代という歴史に残る大事業をやるという決意のもとで進んでいきたいと力強く呼びかけました。また、集会に先立ち、細川県連代表、山根隆治参院議員、武正公一衆院議員らとともに、さいたま市内のグループホームを訪問。痴呆性高齢者とスタッフが共同生活する中での介護のあり方、福祉活動と国の政策などについて、現場を支えるスタッフと直接意見を交換しました。

  20日
岐阜市の産業廃棄物不法投棄事件の現場を視察しました。なぜ、ここまで放置されたのか、というのが私の率直な感想です。また、大垣市内で開催された党岐阜県第2区総支部の「市民対話セッション」に招かれ、年金、少子高齢化問題、さらには民主党躍進のための提案など活発かつ有意義な対話の時間が持てました。

  25日
長野県長野市内において、民主党北信越ブロックの「党員・サポーター集会」が600名の参加のもと開催され、年金、憲法、環境問題など多岐にわたる質問も頂き、充実した意見交換を行うことができました。また、集会に先立ち、中野市の農作物の生産現場や集出荷、販売センターなどを視察するとともに、最先端の栽培技術を駆使し、元気な農業を営む生産者のお話も伺いました。
  26日
横浜市内で「岡田克也代表とともに政権ダッシュfromかながわ」と題して民主党神奈川県連主催の党員・サポーター集会が開催されました。代表として、参院選での民主党への支持に対する謝意を述べるとともに、次期総選挙で政権交代を実現するため、@党改革A政策立案B選挙準備を着実に進めていくことを改めて誓いました。 

  28日
年金改革の方向性について民主党と連合双方で合意した4項目の確認事項―基礎年金(最低保障年金)の全額税方式による一元化、納税者番号制度の早期導入など―を定例記者会見で発表しました。
  29日
年金改革全国キャラバンで、栃木県小山市を訪れ、年金改革地域懇談会および街頭演説会を開催しました。その際、同居人に虐待され、殺害された小林一斗ちゃん、隼人ちゃん兄弟の事件現場にも立ち寄り、一般の参列者の方々とともに幼く逝った兄弟の冥福を静かに祈りました。また、宇都宮市内では栃木県の経済界の皆様と懇談し、地域金融・地方分権のあり方などについて意見交換を行いました。
   

2004年8月 2日
小泉総理のサミット報告に対する衆院本会議代表質問に立ちました。参院選で示された国民の皆さんの意思に反し、臨時国会をわずか8日間で終わらせた総理の政治姿勢を質すとともに、改正年金法の撤回と抜本改革の必要性、なし崩しのイラク多国籍軍への自衛隊参加などについて厳しく問い質しました。また、日歯連の1億円裏献金問題について、自民党総裁として自ら事実を調査・説明することを求めましたが、総理の答弁は他人事に終始した無責任なものでした。さらに、これらの問題について再質問も行いましたが、総理からは誠意を欠いた答弁しか帰ってきませんでした。
  6日、9日 民主党代表として、広島、長崎の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に出席し、失われた多くの尊い命に思いを致し、献花を捧げました。
  11日 民主党全国幹事長会議を党本部で開催し、参議院選挙の総括、ならびに次期総選挙に向けた一層の組織強化への取り組みを確認しました。
  9日〜10日 民主党女性議員ネットワーク会議では、参院選での女性候補の健闘を指摘し、次期総選挙で女性候補を大幅に増やすことを提起し、協力を呼びかけました。
  10日〜11日地方自治体議員フォーラム総会での講演で、政権交代を実現するための課題や地方議員の大幅増に取り組む考えを表明しました。会場からは、今こそ代表中心に党内が一致団結すべき大事な時、との激励の言葉も頂きました。
  参院選で示された年金改悪反対の民意を喚起し、国民との対話をさらに広げるため民主党主催で年金改革全国キャラバンを順次開催することになり、私自ら東京有楽町、水戸市、札幌市を訪れ、現行制度の問題点と民主党の改革案を訴えました。
  24日 民主党代表選挙に出馬することを表明し、代表選挙の公約にあたる「2015年 日本復活ビジョン」と「民主党改革の方向性」を発表させて頂きました。
  30日 民主党代表選挙が告示され、立候補の届け出は私一人のため、無投票の再選が内定しました。

2004年7月 7月11日投票の参議院選挙では、東京新宿駅前の第一声を皮切りに、小泉総理をはるかに凌ぐ、31都道府県で71回の遊説をこなし、目標に掲げた「自民党を上まわる議席数」50議席を獲得しました。
  23日 集中豪雨によって深刻な災害に見舞われた福井県を訪れ、被害状況と復旧の現状を視察するとともに、被災者や行政担当者、ボランティアの人々を激励しました。また、党として災害復興ボランティアを派遣することを決め、多くの議員、党職員、秘書が現地で汗を流しました。
  26日 議員会館内で、イラク宗教指導者と会談し日本人人質解放へ向けた尽力に対し、感謝の意を伝えるとともに、イラク復興支援策について意見交換しました。
  26日 北朝鮮による拉致被害者家族連絡会の横田滋代表らと懇談会を開き、10人の不明者、特定失踪者、国交正常化交渉などをめぐって意見交換をしました。正常化を急ぐあまり、強いカードを簡単に切ってしまった政府の対応に疑問の声もあがりました。
  27日〜31日 民主党訪米団の団長として、米国民主党大会が開催されているボストン及びワシントンを訪問しました。ボストンの民主党大会では、3万人の参加者で盛り上がる会場の雰囲気を体感しました。ワシントンではアーミテージ国務副長官、ハドレー国家安全保障会議大統領次席補佐官、グリーンスパン連邦準備理事会(FRB)議長らと有意義な意見交換ができました。また、ウッドロー・ウィルソン・センターで行った「新しい日本と21世紀の日米関係」と題した私の講演は日本国内でも反響がありました。

2004年6月 2日 政府・与党が党首討論を拒否し続けるなか、衆院決算行政監視委員会に自ら出席し、代表就任後初めて小泉総理との論戦に挑みました。1万人以上が亡くなったイラク戦争を支持した責任、何ら収穫のなかった軽率な二度目の訪朝などを取り上げましたが、総理が「日本国総理の重み」を全く理解していないことに本当にがっかりしました。また、年金改革をめぐる議論では、総理の厚生年金不正加入について国民への謝罪を求めましたが、「人生いろいろ」などと総理は開き直り、制度の根幹に関わる重大問題との自覚は全くありませんでした。
  5日 民主党の全国代表者会議での挨拶の中で、参議院選挙では年金問題を最大の争点にして戦うことを表明し、必勝へ向けての準備を進めました。
  11日 東京都内で中国の武大偉駐日大使と昼食をはさんで会談し、日中の経済貿易関係や北朝鮮情勢などについて意見交換しました。
  11日 参院選を前に、民主党の政治活動用ポスターが選挙対策本部から発表され、代表の私の政治姿勢である正直さ、実直さを表現した「まっすぐに、ひたむきに。」というコピーが使われました。
  13日〜14日 民主党訪韓団の団長として韓国を訪れ、ノムヒョン大統領をはじめ、与党ウリ党辛議長ややハンナラ党朴総裁などと意見交換しました。また、訪韓前に都内で旧知の鄭東泳氏(現韓国統一相)と懇談し、旧交を温めました。
  21日 首相官邸を訪れ、イラク多国籍軍への自衛隊参加問題をめぐる与野党党首会談に行いましたが、小泉首相が基本的な理解を欠いているため、何ら議論が成り立たない空虚なものとなりました。

2004年5月 18日 菅代表の突然の辞任を受け、残された3ケ月の代表の任期を私が務めることになりました。両院議員総会で正式に承認され、その直後に開催された民主党大躍進パーティーでは、2000人超の参会者を前に来る参院選での勝利と次期総選挙での政権交代を誓いました。
  21日 ベーカー駐日米国大使と会談し、拉致被害者の曽我ひとみさんの夫ジェンキンスさんに対する訴追免除等の配慮を要請しました
  28日 羅駐日韓国大使と会談。日韓間の懸案の課題を今後も意見交換してゆくことを確認しました。永住外国人の地方選挙権付与法案については、実現に努力している民主党の立場を説明し、さらなる取り組みを約束しました。

地元三重で年金・イラク・北朝鮮問題をテーマに国政報告会を4月、5月で19ケ所行いました。また、参院選も近づき、後援会企業並びに後援会地区幹事の皆様にお集まりいただき、緊急幹事総会を開催し、支援体制を整えました。代表就任直後の会場では、参加者から大きな期待と心温まる激励の声を頂きました。


2004年4月 16日 民主党日歯連(日本歯科医師連盟)疑惑追及本部が設置され、本部長に就任。国会内で第1回総会を開き、メンバー構成や今後の取り組みの体制などを確認しました。
  19日 地元三重県津市と四日市市内のホテルにて、私の政治団体主催の政経セミナーを開催しました。講師には、私の旧知であり、アスクル経営のプラス轄。泉嘉久社長をお迎えし、「変化を創る経営」の演題でお話いただきました。現在急成長を続ける注目の経営者の講演は、参加者からは好評で、出席者は、平日にもかかわらず、両会場で600名近くお集まりいただきました。
  25日 衆議院の統一補欠選挙が行われ、埼玉8区や広島5区で自民党候補と最後まで激戦を繰り広げたものの、残念ながら、あと一歩及びませんでした。今夏の参議院選挙で必勝を期す決意を明らかにしました。

2004年3月 民主党新人議員研修会を開催し、幹事長として自らの選挙経験や後援会活動の重要性を語りました。
  大阪市内のホテルで、北川正恭・前三重県知事を講師に招いて400名の参加者のもと、政経セミナーを開催しました。

2004年2月 菅代表らとともに、民主党本部でアナン国連事務総長と会談。イラク戦争は国連憲章違反、大量破壊兵器の査察を継続するべきだった、との認識で一致しました。
  四日市市身体障害者団体との懇談会を開催。障害者の雇用の現状と課題などについて活発に意見交換しました。

2004年1月 菅代表とともに伊勢神宮参拝を行いました。参拝客からの声援が昨年にも増して< 大きく感じ、政権交代への強い期待を体感しました。
  連合三重の旗開きに講師として招かれ、通常国会での重点課題や参議院選挙に向 けての取り組みについてお話しました。
  私の地元後援会主催で新年会を開催し、6会場で1000人超の皆様にお集まりいただ
きました。また、約50の初寄り(自治会ごとに開かれる年初めの会合)にも参加させて頂き、今年一年の抱負と決意を地域の皆様にもお伝えいたしました。
  民主党2004年度定期大会が東京都内で約1300人が参加して開催され、幹事長として、政権交代へ攻めの一年となるよう訴えました。
大会では党活動の強化、政策の進化、開かれた国民政党への党改革など今年の重点活動方針や、夏の参議院選挙対策方針、党改革推進委員会の設置、代表選挙制度改革などの議案を提起し、満場の拍手で承認されました。
  連合からの政府予算案組替え要請に基づき、草野連合事務局長らと意見交換をしました。通常国会で対案を提示し、堂々の論戦を挑むことを誓いました。

1999/2000/2001/2002/2003/2004/2005/2006/2007




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