活動報告
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2003年12月 東京・有楽町マリオン前で菅直人代表と街頭演説会を行い、政府が9日に閣議決定しようとしているイラクへの自衛隊派遣について、「米英両国の始めた大義のない戦争を支援するための派遣には絶対反対だ。国民一人ひとりがはっきりと『NO!』の声を上げ、派遣を阻止する国民運動を作り出そう」と力強くアピールしました。
衆議院イラク支援特別委員会で15日、イラクへの自衛隊派遣に関する基本計画などをめぐり小泉首相に対し、現在のイラクに自衛隊を派遣することに反対する立場を明確に表明するとともに、イラクの現状、憲法上の疑義、自衛隊の活動内容などについて小泉首相の説明責任を問うとともに、国連を中心とした国際協調体制の構築に日本の外交努力を集中すべきことを主張しました。
東京・日比谷野外音楽堂で14日、連合、NGOなど21団体からなる実行委員会の主催する「イラクへの自衛隊派遣反対12・14集会」が5650人の参加者を集めて開かれ、民主党の議員を代表して、力強いメッセージを送るとともに、集会終了後、買い物客で賑わう銀座の数寄屋橋交差点を通って東京駅方面にデモ行進しました。
21日から3日間、民主党訪中団の団長として北京を訪れ、呉官正政治局常務委員(中国共産党序列7位)や王毅外務次官らと会談し、イラク問題や北朝鮮の核開発問題をめぐる六カ国協議の1月中開催を求めるなど中国の指導部と率直な意見交換を行いました。また、拉致問題についても被害者家族が早期に帰国できるよう、中国側の協力を求めました。
ドイツ、フランス、アメリカ、イギリス、など在京の大使館を訪れ、大使らとイラク復興支援のあり方をめぐって意見交換を行いました。 国連中心のイラク復興支援の枠組みをつくっていくことは、お互いの国益にも資するし、同時にイラク国民のためにもなることを強調しました。
民主党の両院議員総会が11日、党本部で開かれ、新役員人事などが了承される中、私も幹事長に再任されました。

2003年11月 10月10日の解散から投票日前日までの1ヶ月間で、全国約200箇所を応援で走り回り、マニフェストを前面に掲げた政権選択の選挙を戦い抜きました。残念ながら、政権獲得には至らなかったものの比例区では比較第1党、小選挙区では40議席増やし、政権を担える政党としての存在感を大きくアピールしました。
私の選挙区(三重3区)では、投票率は67%と前回より約2%低く、かつ選挙期間中にわずか一晩しか地元に入れなかったにもかかわらず、132,109人の方に投票していただき(自民候補67,247 共産候補13,562)、お蔭様で5回目の当選をさせて頂きました。心より御礼申し上げます。
総選挙後早速上京された野呂三重県知事より、来年度の国の予算編成に関する県としての重点要望を他の三重県選出国会議員と一緒に伺い、県発展のため協力し取
り組んでいくことを誓いました。
11月25日
予算委員会の質問に立ち、イラク問題、年金制度改革、政治倫理などを取り上げました。所信表明をしない総理に対し、内政および外交の基本について質しましたが、総理就任時の発信力は全くなく、2年半での変わり様に唖然としました。

2003年10月 民主党マニフェストを菅代表、枝野政調会長らとともに経済同友会、全国知事会、21世紀臨調をはじめ各界の有識者に説明し、解散総選挙に向け最終調整を行いました。
3日、テロ防止・イラク支援特別委員会で、テロ対策特措法延長問題を中心に質問しました。法律を延長する以上は自衛隊派遣の国会承認を再度求めるべきだと主張しましたが、小泉総理は「内容が同じだから必要ない」の一点張りで、国会によるシビリアンコントロール(民主的統制)を全く無視した答弁に終始しました。
5日に自由党との合併党大会を開催しました。選挙区調整など困難な問題も藤井幹事長と果敢に取り組み、合併実現にいたるまでの舞台裏で民主党幹事長としての職責を果たしました。

2003年9月 幹事長としての全国遊説で、山形、愛知、大阪の公認候補者の応援に駆けつける
とともに、山形では稲作への冷夏の影響を視察、大阪では中小企業の厳しい経営環境についてヒアリングしました。
9月26日、都内ホテルで民主・自由合併の調印式を行い、衆議院議員137名、参議院議員67名、合計204名の新しい民主党がこの日をもってスタートしました。候補者調整など難しい問題も藤井自由党幹事長とともに、果敢に取り組みました。
幹事長職の激務の合間を縫って、地元では国政報告会、後援会幹事総会など合計約20会場で国政報告や政権交代の必要性などを訴えさせていただきました。

2003年8月 自由党との合併に向け、合併準備委員会で合意した方針に基づいて、自由党藤井幹事長とともに選挙区調整や地方組織合併など着々と準備を進めました。
事実上の与野党対決となった埼玉県知事選への勝利に貢献しました。
四日市市内のホテルで「北勢政経セミナー」を開催しました。約600名の皆様にご参加いただき、政治評論家 森田実先生に「日本再生のためにーいまー何が必要か」の演題でご講演頂きました。
国会閉会後、地元各地区での国政報告会や、企業まわり、朝立ちなどで総勢二万四千五百名の方々に直接、政権交代の必要性を訴え、より一層のご支援をお願いいたしました。
地元三重県多度町のごみ固形燃料発電所内での爆発事故現場を視察しました。現地災害対策本部長から説明を受けるとともに、徹底的な調査、分析の必要性を訴え、施設運営や管理体制についても強く要望しました。

2002年7月 衆議院予算委員会で質問に立ち、イラク攻撃支持の根拠、規制改革の遅れ、逆行する「政治とカネ」の問題などを総理に質しました。
島根県松江市を皮切りに、本格的な全国遊説活動を開始しました。以後、8月にかけて山口、熊本、鹿児島、佐賀、滋賀、京都、石川など文字通り、東奔西走し、政権交代の必要性を訴えました。

2002年6月 菅代表らとともに、慮武鉉韓国大統領と会談しました。1年ぶりの再会を喜ぶとともに、北朝鮮問題や有事法制などについて意見交換を行いました。
名古屋市及び津市で政経セミナーを開催しました。慶応大学榊原英資教授をお招きして、「日本経済再生の処方箋」と題し、ご講演いただき、両会場あわせて、約400名の皆様にご参加いただきました。

2003年5月 憲法記念日を前に、読売新聞社で自民党の山崎幹事長と憲法座談会を行い、白熱した議論を交わし、紙面にも掲載されました。(発言ライブラリー参照)
与党3党の幹事長・国対委員長らと会談し、有事関連法案修正問題で合意しました。基本的人権の尊重や国会の関与など民主党の主張が大幅に取り入れられました。
全トヨタ労連セミナーに講師として参加し、「政権交代と民主党政権の実現に向けて」の演題で講演しました。また、参加者の皆様と「地域から改革を進めていくには」をテーマに活発な意見交換を行いました。

2003年4月 党の政治資金の透明性向上のため、外部監査の導入やホームページ上での収支報告書の公開、公共事業受注企業の献金制限などを幹事長として取りまとめました。
統一地方選挙の勝利に向けて、大分、三重、愛知、神奈川、北海道など応援に駆けまわりました。

2003年3月 合流問題を協議する政権構想協議会を設置することを藤井自由党幹事長と合意するとともに、民主党所属議員からアンケート、個別面談など精力的に取り組みました。
総理のイラク攻撃支持表明を受けて、民主党を代表して本会議で質問に立ちました。米国の武力行使に対する支持撤回を求めるとともに、国連査察の継続、米国の先制攻撃への疑義などを訴えました。
民主党第3総支部定期大会を桑名、四日市両市内で開催しました。平成14年度の収支報告と質疑応答、15年度予算案の説明を行い、満場一致で了承されました。
大阪市内のホテルで私の政治団体主催の大阪政経セミナーを開催しました。大阪大学社会経済研究所大竹文雄教授から講演を頂くとともに、約350人の関西経済人の皆様に国会報告もさせて頂きました。

 
2003年2月 来年度予算案に関して、衆議院本会議で小泉総理に代表質問を行いました。小泉経済失政を数字を挙げて指摘するとともに、雇用創出を重んじた党の考えを対案として訴え、あいまいな答弁を繰り返す総理を異例の再々質問で追い詰めました。
党総合選挙対策本部が発足し、事務総長に就任。政権交代に向け、本格的な準備体制に入りました

2003年1月 伊勢神宮に菅代表と共に参拝し、政権交代の実現を祈願しました。
党大会で幹事長として、党再生の決意を述べると同時に、政権取りに向けた挙党体制作りに全力を上げることを訴えました。
地元三重県で後援会主催の新年会を7箇所で開催しました。各地区とも大盛況で総勢約1000名の皆様に新年のご挨拶をさせて頂きました。
   


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