ホーム > 秘書日記 > 小久保 俊平の日記一覧

秘書日記 岡田かつやの日々の活動や素顔、秘書の仕事の一面を伝えます

小久保 俊平の日記一覧

今日、地域後援会幹事さんの告別式に参列した。その人は享年80歳で、代議士初当選以前からの幹事(支援者)さんだった。

遠慮して最後列の席に座って遺影に視線を向けると、茶目っ気たっぷりに「おう~!小久保くん久しぶりやなぁ、よう来てくれたな、ありがとう」と今にも笑顔で答えてくれそうな写真だった。

思い起こせば18年前、初当選後の後援会懇親会での事である。当然会費制である。しかし当時は現在のように公選法があまり厳しい時代ではなかったので、会費制ですること自体、批判が一部出る状況であった。

何 故このような話をするかと言うと、この幹事さんの思い出から繋がるのである。当時、この幹事さんにも懇親会を開くにあたって、相談を掛けていた。その時、 「なぁ~小久保君、わしら一生懸命 岡田さんの為に運動したのに懇親会は会費制でもええわ~、その代わり何か景品を付けてくれ!」と言われたのである。そ の時は私も新人秘書だったので事態を収拾するのに大変苦労した思い出があったのである。

現在は有権者の方々の意識も様変わりして、我々にとっても随分精神的にも気軽に後援会活動ができる有難い時代になったと感謝している。

後援会活動約18年間。告別式でお送りした幹事さんが私の担当地域だけでも約100名に近い方がいらっしゃると思う。

参議院選に勝利し、残す目的は総選挙での勝利。亡くなられた幹事さん始め、現在一生懸命ご支援して頂いている後援会の方々、広くは日本国民の方々の為にも、早く「政権交代!」を実現して欲しいものである。

現在、地元秘書の活動の中心は前出の2名が書いた通り座談会活動である。

代議士が幹事長・代表に就任している時は 地元活動が出来なかった。代表を降りて地元に戻って開口一番「これでやっと座談会が出来る」と嬉しそうに話した 言葉が記憶に残る。それとは裏腹に?秘書ひとり当り月4会場の割り当てがあり 当初は「愕然?」としていた。

 誰もが(もう一度 代表に就任してくれないかなぁ)と思ったのではないか?
今は「愕然」が消え「必死」の気分で取組んでいる。私なんかは完璧に自転車操業である。それはさておき、全員の努力(当然代議士も含む)の努力の賜物で2月からスタートして11月3日で200会場を突破した。

座談会で苦労する事は当然動員数が一番であるが 時には会場によっては座談会なのに参加者の皆様方の質問が少ない時がある。その時はさすがに精神的に参る。

どうやって質問を引き出そうか?1分が10分に感じる。 そんな会場でも代議士の努力で無事に座談会は終了するのであるが、「今日は参加して頂いた方がオトナシイのか?」それとも「代議士の話がカタスギルのか?」悩んでしまう。
もし後者であるのなら・・・・。

これを読んで頂く方に一言。 誤解の無いように・・・笑い声が流れて和気あいあいで盛り上がる会場も結構ある事を付け加えておきたい。

新年早々各自治会の初集会(自治会長選出・新年度の自治会行事の相談等)に参加しご挨拶させて頂いた。代議士が党の要職に就任していた年はお邪魔出来なかったので、喜び勇んで飛び回った。

初集会にまつわる思い出がある。私がある町を担当して間もない頃、代議士と一緒に初集会廻りをする事になり、10分刻みで数多く廻る予定を組んだなか、会場を間違えるといけないと思い 前日下見をした。その日は朝から雪降りの悪天候。 最初順調良く回り安心していたにもかかわらず、案の定途中で頭が真っ白になり、次の会場に辿り着けなく、仕方なしに飛ばしてその次の会場に送り込んだ。そこで代議士の挨拶中に急いで戻って飛ばした会場を確認し、慌てて代議士を迎えに行ったら、頭上に真っ白な雪を乗せて駐車場の真ん中で「無言の抵抗状態」で私を待っている代議士の姿があった。少し気を利かして?集会場の玄関の軒先を利用してくれればと思ったのだが・・・・そこが岡田かつやたる所以なのであろうか。(笑)補足するが、決して怒る事はなかった。

もうひとつのエピソード。今年も、ある支援団体の節分祭に代議士は参加した。無事節分祭も終了して事務所に戻った時、豆まきに使用したと思われる豆やお菓子が入った袋を抱えて、事務所の各机の前に立ち 「福は内~ 鬼は外~!」と恥ずかしそうに?お菓子を巻いた代議士がいた。
 
代議士は融通のきかぬ堅物だとの評判多いなか、こんな一面も皆さんに知って欲しいと思う。

「日々 自己との戦い?」

9月13日 代議士が正式に党代表に就任した。
今後2年間大変苦労が待ち受けていると思う(本人は政権交代に向けての基礎作りに意欲満々)。地元の話になるが、代議士が幹事長に就任するまでは毎週末地元に戻り朝から夜遅くまで企業廻り・幹事さん訪問・会合など予定がビッシリ内容濃く組まれていた。
当然 私達はその予定を組むのが仕事の中心であった。

 ところが 代表に就任してからは地元事務所に代議士が入るのは月1回程度。益々代議士が忙しくなるにつれ、我々は・・・・・(ご想像にお任せします)。 我々の仕事は例えると「会社・時間に束縛される事がない全く自由な営業マン」代議士が政権交代に向けて日々戦っている状況の中我々地元秘書は自己との戦い に明け暮れている(これは私だけの事かも)。

「岡田さんは国会議員だからさぞかし日頃良い物を食べているんでしょうね?」・・・・ 時々後援者の方の口から出る言葉です。

TV等で時折見かける「料亭政治」。皆様がそう思われるのも無理もないかも知れません。地元での活動の際、昼食は通りすがりのコンビニで調達します。以前はファースト・フードが大好きだったのですが、最近は余り立ち寄らないみたいです。

我々秘書は代議士が「コンビニに寄って!」と言われれば駐車場に車を着けるだけです。決して車のドアを開けてあげたり、秘書が買い物をする事は一切ありま せん。 「自分で出来る事は自分でする」が代議士の考え方のようです。つまり秘書は代議士の身の回り事は一切構わない。皆様方が想像されている事とは全く 違って、我々は結構ある意味「楽」をしています。
岡田のようなタイプの代議士は貴重かも知れません。

常日頃地元の人のご意見を聞き、それを中央での政治活動の羅針盤にしたい。
これが代議士のモットーです。